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『平成のネズミ』『闇の仕事人』岐阜県ピアノ講師・高岡紀美子エッセイ作品

『平成のネズミ』

 ある日、我が家に警官と泥棒がやってきた。「この家に侵入したことがある、と自白しましてねェ」と警官。かたわらには、前歯の突き出た男が小さくなって、うなだれている。「ネズミ?」。唖然とする母と私にむかって、男がペコッと頭を下げた。「…気がつかなかった」。いったい “いつ”  “何”  を盗られたのだろう。

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 時は江戸後期・文政。ある男が小さな商家に忍び入り、70両を盗んだ。後日、そのせいで店が左前になったことを知って、男はびっくり。「…悪かった」。盗んだ70両に“利息”をつけて商家に返し、以後、大名屋敷と豪商だけを狙う盗賊になる。講談『鼠小僧次郎吉』や随筆集『甲子夜話』に登場する江戸のネズミは誇り高き盗人であった。

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 時は現代・平成。警官のそばで頭を垂れるネズミを見つめながら、母が「そういえば…」と、ぽつり。先日、財布から3枚の小判(?)が抜きとられていたが、あれはネズミの仕業だったのか…。母はてっきり、娘の私が犯人だと思い込んでいたらしい。無礼なッ。それにしても、朝超低金利のこの時代、当然、利息は望めない。「だけど、せめて元金だけでも返してよ」とグチッてみたものの、平成のネズミは自己破産を申告中で、貧しき盗人であった。

2004年(平成16年)5月13日岐阜新聞掲載


『闇の仕事人』

 深夜、再び泥棒に入られた。重要文化財などのお宝を所有しているわけではないので、被害は軽少。とはいうものの、大切にしていたダイヤの指輪を盗まれた。精巧な模造品ネックレス等と一緒に保管してあったのだが、なんと「本物だけが消えている!」。さては目利きの仕事人なのか…。「たいしたもんだねェ」と、母がしきりに感心する。

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 黒装束に身を固めた“鼠小僧次郎吉”。千両箱をかついで江戸の町を闇から闇へと疾駆する。36歳で刑死するまでの10年間、122回の犯行を重ねるが、そんな盗人の目をあざむくため、豪商たちは何とニセの千両箱を作ったという。夜風に乗じて鼠小僧が侵入する。「…しめしめ」。が、この千両箱には鉄片が入っているだけであった。

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 あれ以来、我が家では“ニセの千両箱“ ならぬ“ニセの宝石箱” を常備して、盗人の到来をお待ちしている。それにしても『家内侵入』だけで死罪という江戸時代、よほどの目利きでないと割りが合わない。記録によれば、盗んだ金は3千両(約1億円)と言う鼠小僧。が、本人は「てやんでェ、1万3千両だい!」と豪語する。いずれにしても「いい仕事してますねェ」。

2004年(平成16年)6月10日岐阜新聞掲載


最後までお読みいただきありがとうございます。こちらのnoteでは、岐阜県のピアノ講師・高岡紀美子先生のエッセイを紹介しています。Instagramもやってます。(@くらびあはな)ぜひ遊びに来てくださいね🤗💕


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