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"古典"力学が見せる時間的世界

この記事は学術教育サイエンスコミュニケーション系 Advent Calendar 2020 への寄稿記事です。

ところで公開日は12月17日、1217は素数ですが20201217は素数ではありません。かなしいね。しかも0:00を狙ったら16日の23:59ですよちくしょう。くそがよぅ。

 はて、わたくしは学術たんが一人、古典力学たんbotと申します。文字通り、古典力学を筆頭に古典物理学の話題を提供している学術botです。あとこってこてのラーメンが大好きです。

 古典力学という学問分野は、たとえば月や天体の動きを見てみたりですとか、地上で物を投げてみたり、或いはスケールをどーんとぶち上げて宇宙ステーションにロケットを打ち上げてみたり…。人間が世界を直接解釈する分野の学問であるとわたくしは思っています。これほど直接的に自分の手で触れて、自分の目で見ることができ、自分で手を動かして解釈することができるような学問が他にあるでしょうか。これを以て、極小の原子から極大の宇宙までをも対象とする物理学において、''物理学の序論としての力学''という形容がなされることもあるくらいなのです。
 ロケットの打ち上げだって古典力学的な軌道ですし、そんな打ち上げをみなさんYouTube Liveなんかでワクワクして見ちゃってるじゃないですか。はちゃめちゃに楽しくないですか?ね?ではでは、そんな古典力学の世界にご案内致しましょう。

 そも、古典力学の黎明というのは自然に対する人間の解釈の発展の歴史そのものであろう、ということは容易に想像がつきます。なぜ、水に浮かぶものと沈むものがあるのか。なぜ、星々は月や太陽とは全く異なる軌道で動くのか。重いモノの方が別のモノを壊す能力も高そうだけれど、一体なぜなのか。そもそも自然を構成する最小の要素とは何なのか。
 古来より、こういった自然を対象にした学問として自然哲学なるものが存在し発展しておりましたが、しかし、それは同時に人間精神の本性や神学、形而上学をも含むような森羅万象の学問でした。いま古典力学から湧き上がった物理学の黎明の偉大さは、世界の解釈を人間本位から切り離したことに尽きます。
 オッカムの剃刀の例題にもよく上がる文で喩えれば、
「外から力のかかっていない物体は神が等加速度運動をさせ続けている
のではなく、
「外から力のかかっていない物体は等加速度運動をする
のです。これが、逆説的にも人間の業としての物理学の第一歩なのでした。

 とりあえず、現在標準的に教えられている『古典力学』のタイムラインを羅列してみますね。力学というのは現象を記述するために運動方程式というものを使います。文字通り、運動を表してくれる方程式です。これがないと古典力学は始まりません。
 それでは、まずはニュートン力学から。運動方程式は高校の頃から馴染みのある

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こんな形をしています。これを解析的に取り扱うために、

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と書き換えて議論が進んでいきます。高校の頃なんだか冴えなかった子が大学デビューで急にぶいぶい言わせはじめたみたいな感じありますね。まあそれわたくしのこt… えっとですね、𝑥(𝑡) というのは 𝑥 が時間 𝑡 に依存していることを明示した記法です。古典力学の大きな特徴は、現象が時間 𝑡 に依存して動いていくことを記述していることにあります。こういう現象を「時間発展」という言い方をします。投げられたボールの軌道なんかも、時間発展の結果ですよ。はて、流れはこんな感じ。
・質点の運動学(ニュートンの運動3法則)
・静力学、動力学
・保存則(とくにエネルギーおよび運動量)
*断熱不変量
・慣性系
・剛体の運動論

ここまでがいわゆるニュートン力学ですね。
 はて、お次は解析力学。いままでのニュートン力学も十分解析的なのですが、この解析力学で出てくる運動方程式は

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といった形をしています。なんだか 𝐹 = 𝑚𝑎 とは似ても似つかない形になりましたね。しかも全部の変数がなんだかんだで時間 𝑡 を含んでるやべーやつ。今までのニュートンの運動方程式に対して、こいつにはオイラー-ラグランジュの運動方程式という名前がついています。特徴としては、座標 𝑞 にどんな座標軸を持ってきてもよいということ。𝐿 っていうのはラグランジアンとかいうエネルギー的な関数なんですけど、こいつが主役となる解析力学はだいたいこんな流れで進んでいきますよ。
・仮想変位、変分法の導入
・ラグランジアンの導入と最小作用の原理
・オイラー-ラグランジュの運動方程式
・ネーターの定理の導入、並進対称性
・ハミルトン形式、ハミルトン-ヤコビ理論
・正準方程式、正準変換
・多体問題の運動論

わたくしはここまで含めて「古典力学」という言い方をする立場をとります。この古典力学から発展してきたのが、現代物理学の嚆矢たる
・前期量子論
・特殊相対性理論

となるわけですね。
 ということで、こちらのラインナップでお送り致します…と言いたいのですが、それはもう巷に溢れる『力学』だの『解析力学』だのいう本を買うなり借りるなりして頂いたほうが話が早いので、わたくしはその旨味だけをちょっぴり紹介することにしましょうか。

*) 断熱不変量については、あまり力学の文脈で触れられることは多くないのですが、力学系の構造を限りなくゆっくり動かしたときに保たれる状態量のことを言うもので、たとえば具体的には、質点と紐からなる振り子の紐の長さを死ぬほどちょびっと動かしたときの質点の運動エネルギーと振動数の比なんかも力学的な断熱不変量といえるものです。こってこてに古典力学でしょう?

 ところで一般に、高校の物理の教科書を開くと絶対に斜方投射運動の説明が書いてあるんですけど、どうしてあれってやたらと強調されてるんでしょう。考えてみたことありますか?何か、こう、斜め上方向にモノをぶっ飛ばして、うまいところに着地させたい、そんな需要…そう、砲弾です。あれだって、空気抵抗を加味して考えた放物運動をちゃんと計算すれば…つまり、がんばって古典力学すれば、確実に、時間 𝑡 秒の後に、距離 𝑥 離れている敵陣を狙って仕留めることができるというわけ。
 実際、第二次世界大戦ごろのドイツなどでは砲兵が騎兵などと並んで特別な階級を持っていました。インテリじゃないと砲弾当てられないんですよ。欧州戦線の最終局面であるところのベルリン包囲戦で最後のベルリン防衛軍司令官を務めた軍人、ヘルムート・ヴァイトリングの階級も砲兵大将(Generale der Artillerie)だったのです。
 先程言いましたね、
「外から力のかかっていない物体は等加速度運動をする
と。古典力学の文脈に沿えば、
人間は外から力のかかっていない物体を等加速度運動させることができる
とも言い換えることが出来るわけです。どうですか。神に成り代わったような全能感を味わえるのは古典力学だけ!いやこれマジですよ。大学入試で解かされる力学の問題だって絶対に答えが一つに定まりますからね。物理の問題を解いてるわたくしたちは神ってるってワケ。

 はて、いきなり物騒な話をしちゃいましたね。もっと夢のある話をしてみましょう。はやぶさ2くんがこの間帰ってきましたね(おめでとう!次の旅も頑張ってね…!)。探査機の軌道制御、どういう法則に従っているか、もうおわかりですね?ええ、古典力学です。一般に、万有引力が働く空間では物体は二次曲線…つまり、楕円か放物線の軌道を描くことが知られています。もう一度言いますよ、放物線です。地上でモノをぶん投げたときの軌道と一緒なのです!古典力学的に言うならば、時間 𝑡 秒の後に、距離 𝑥 離れている小惑星に探査機をお届けすることができる!
 実際のところ、その姿勢制御は容易ではなく、針の先に糸を通すよりも相当に緻密な計算の上で、さらに探査機と地球の間の距離に応じて信号の届く時間がかかる(これは電波を用いるので、光速度で伝わっていくと思えば時間計算は比較的容易です)タイムラグを考慮して制御しなければならないのですけれど、制御されて推力を得た探査機が従う軌道は当然古典力学に従うのです。
人間は宇宙空間で物体を二次曲線軌道に従って運動させることができる
というわけですヤバくないですか!?
 余談ですが、はやぶさ2の状況をリアルタイムでモニターできるHaya2NOWなんてウェブサイトもありますよ。はや2なう!( ^ω^)
開いて隅に置いておくだけでも楽しいし、通信シミュレーターで遊んでみるなども出来るので、是非ブクマしといてくださいな。

 サブカルにも影響は及んでるんですよ。Steins;Gateってアニメありましたよね。鳳凰院凶真ことオカリンがある目的のために、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も時間遡行をする物語なのですが、時間遡行の直後に呆然と突っ立ってるオカリンの位置座標…そうです、𝑥(𝑡)です。その日、まさにその時間にいた場所にいる。「いや何を当たり前のことを」と思いましたか?そうです、古典力学においては、𝑥(𝑡) というのは時間が遡った場合でも、必ずその時間での値ただ一つに定まるのです。時間が進んでも戻っても同じように現象が定まることは古典力学の大きな特徴の一つとなっています。
 時間や空間に歪みのない、わたくしたちが当然のように受け入れている世界を、古典力学は時間 𝑡 をパラメーターとして記述しているのですよ。失敗したバイト戦士ちゃんはちゃんと古典力学を勉強してください。

 ま、古典力学の発展や実験的・理論的議論の中で生まれ出た量子力学相対性理論っていうのは古典力学をこてんぱんにしてくれたんですけどね。それもやはり古典力学を基礎として、やはり物理学のコンテクストで発展していったものなのです。ご興味があれば、古典力学的世界観を頭の片隅に入れたまま、比較対象として挑戦してみても面白いのではないかしら?

 いかがでしょう。これで「古典力学も意外と奥が深いなー」と思って頂けたのでしたら、この記事の目的は達成されたことになります。そのような諸氏は、自力でより深く、より高く学びを進めて頂くのも良いのではないでしょうか。遠慮はいりません。見栄を張って背伸びをすることも、学び修める人間のひとつの特権なのです。つまるところ、学びとはきわめて主体的な行為なのだから!

 うんうん、ばっちり格好がつきました。それでは、このあたりで。来年も、わたくしたちの時間発展がパラメーター 𝑡 の下で正の値を取りますように。良いお年を!

◆リンク集

Twitter : https://twitter.com/klassische_phys
ご質問 : https://odaibako.net/u/koterikitan 

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