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BLACKPHONE666『PTN.YLW - HARM』ガバ+ハーシュノイズによる異世界へのファースト・エントランス

KKV Neighborhood #100 Disc Review - 2021.9.17
BLACKPHONE666『PTN.YLW - HARM』(Murder Channel)
review by 長谷川文彦

ツイッターでBLACKPHONE666(黒電話666)の新しいリリースの告知が流れてきたのは7月。告知にはさわりの部分の動画が貼ってあって、それがすごく良くて、すぐに欲しくなって予約した。フィジカルはカセットテープのみのリリース(DLコード付き)。Bandcampでデジタルで購入もできる。ちょっと迷ったけど、今回はフィジカルで購入。カセットテープはB面をすべて使ったボーナストラックが収録されていて、デジタルではこのトラックは無し。やっぱりボーナストラックも聴きたかったので。

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BLACKPHONE666のことを知ったのは2015年ぐらいだ。2016年にライブを観て、2017年にアルバム『ACCUMULATION』を聴いた。その時の印象は「すごくスタイリッシュ」というものだった。いわゆるハーシュノイズなんだけど、即興でやっているのではなくちゃんと計算して音を構築している感じがすごく良かった。こういう音が2010年代のノイズになったんだなと思った。

自分がノイズを聴くようになったのは1980年代で、まだジャンルとしても新しくいろいろなものが未分化のまま存在していた。そんな中でどういうものがノイズなのかということもわからずに、最初に聴いたのは非常階段だった。1980年代の日本において、最もポピュラーで音源が手に入れやすかったノイズバンドは非常階段だった。ただし非常階段を聴いたのは「ノイズというものを聴く」というより「非常階段というスキャンダラスなバンドを聴いてみたい」という感覚が強かった。ある意味、ザ・スターリンやJAGATARAなどの当時ゲテモノ扱いされていたバンドに恐る恐る、かつ好奇心一杯に近づいた心境と同じである。

そこで刷り込まれたのは「ノイズとは『大音量』で『即興』である」ということだった。これは今でも自分のノイズに対する考えのベースになっている。非常階段のJOJO広重は何かのインタビューで「ノイズは『非音楽』という名の音楽ですらない」と言っていた。もしスロッビング・グリッスルやホワイトハウスを最初に聴いたら違っていただろうと思う。

その頃、ノイズバンドやノイズを演奏するアーティストはかなり特殊な人たちと見られていた。非常階段は数々のスキャンダラスなステージで名を馳せていたし、他にもいろいろなバンドが「メンバーが精神病院に入院している」とか「ジャケット写真が自殺の名所」とか「ヒットラーを賛美している」とか「ライブ会場にニトログリセリンを持ち込もうとした」とか様々な“伝説”的なことをまき散らしていて、ノイズをやるのは「おかしな人」とか「病んでいる人」と思われていた。それらの真偽のほどは別にして「特殊なジャンル」として認識されていたのは間違いないと思う。自分も「特殊な人たち」が「大音量で無秩序な音をまき散らす」のがノイズと思っていた。

しかし、今や時は2020年代である。あれから30年。ノイズというのも大きく変わった。今、周りを見回してみるとノイズは非常にカジュアルなものになったと思う。とても多くの人がこのジャンルに参加しノイズというものに向かい合っていて、かつてのように限定されたものではなくなっている。特殊な人だけがノイズをやっているということでは全くない。音の方も病んだ情念をぶつけるようなものではなく、もっと機能的でスタイルとして格好いいものが増えている。その新しい形のノイズの代表がBLACKPHONE666だと思う。

今回のアルバムの本編であろうA面の方は、ベースにハーシュノイズを置きながら、ガバキック~ハードコア・テクノの要素を取り入れている。その辺に詳しい人に聴いてもらったら「もろにガバキックですね」という感想が返って来た。アレック・エンパイア主宰のDHRの影響も感じるし、低音がズンズン来る感じが新鮮で、これはBLACKPHONE666が今まであまり使ってこなかった「リズム」と要素を取り入れた結果だと思う。ノイズにおけるリズムはある意味「禁じ手」であり、それはリズムを取り込むことで「音楽」に近寄ってしまうからなんだけど、敢えてここにしっかりと向かい合っていい音に仕上げている。とても「聴きやすい」と思う。

カセットのB面の方、こちらは今まで通りのハードコアなハーシュノイズ。こちらにリズムの要素はなく、情け容赦の欠片もない音になっている。でも、こちらの30分ほどのトラックはA面のトラックと同じスピード感を持っている。音の持っているハードコア感はさすがだと思う。

ノイズはもうカジュアルで誰でも手を出していいものだ。まだ異世界だと思っている人に「ここにいい最初の入口がある」と言いたい。


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