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MURO & ORDEN MUNDIAL (split) 『Sonido De La Negación』 review by うし

KKV Neighborhood #25 Disc Review - 2020.07.13

レコードに刻まれる物語と心象

MURO & ORDEN MUNDIAL (split) 『Sonido De La Negación』
(LA VIDA ES UN MUS / MUS213)

review by うし

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昨今、パンク・ハードコアの巷を「このバンドはやべぇ」と唸らせ狂わせているコロンビアは世界に誇るパンクシティ・ボゴタのドンことMURO、そしてスペインは孤高のパンク孤島マヨルカ島の暴走列車ORDEN MUNDIALによる、正に〈パンクの愛に距離はない〉盤がこちら。

このスプリットは時代が生み、巡り合わせた素晴らしい2バンドによる記念碑的な存在、とわかりやすい言葉で通り過ぎてしまうには物語が多すぎる。それは、彼らにとっても世界中のパンク・ハードコアを愛する者達、そして僕にとっても。

2019年9月にORDEN MUNDIALのベーシストであるMartiが不慮の交通事故により31年の生涯を終えた。その彼のために製作されたのがこのレコード。

Sonido De La Negación――それは直訳すれば否定の音(sound of the negation)であるのだけど、僕はここでは克己の音(sound of the denial)と解釈したい。克己(こっき)とは己の中にある感情や欲望、邪念にうちかつこと。今はそんな解釈の方がしっくりくる。このタイトルのもとに集まった楽曲たちは、互いに2017年に録音されていたもので、この音源のために予め用意されたものではないようだ。それまでの彼らが訴え続けた生きづらい日常への問題定義、そして脈々と受け継がれるパンク・ハードコアのルーツを垣間見せながらも彼らが打ち立てた〈今〉な素晴らしいスタイルからブレていないけれど、けっしてMartiの死に向き合った歌詞ではないように感じるのはそのせいかもしれない。でも、このレコードに付属するブックレットを見ればSonido De La Negaciónと題されて記される幾つかの文章があり、それこそがMartiに向けられ、その全てがこのレコードをかけがえのない一枚に彩っているのだ。

ORDEN MUNDIAL のメンバーであるJaume, Bernat, Rafaelitoはそれぞれの記憶と共にMartiへの想いを苦しみながら綴っている。苦しみながら、である。

Martiを含めたこの4人は2004年から始まった前身バンドCOP DE FONAからの仲間であり、マヨルカとゆう離れ小島の特殊な環境で彼らの愛するパンクとゆう文化を15年間共に支えてきた事実は想像に難くない。

ここに口を揃えて語られる言葉は「Martiは僕らの中で生き続ける」とゆうこと。なかでも、Martiが3歳の頃からの幼馴染みであるBernatは28年間共に歩いた景色、それは鬱屈した学生時代の彼の姿や初めて彼と遊んだ時にMartiが飛びついてきた時の感触、そんなことを思い描きながら、口にはできなかった言葉を綴っているのだろう。

そして、MUROのメンバーであり「ボゴタがやべぇ」と言わしめる由縁の一つDIYコレクティブCASA RAT TRAPの主要人物Carlosも文章を寄せている。Martiは2017年に MURO のヨーロッパツアーをベーシストとしてサポートしていた。コロンビアの山々とヨーロッパの高速道路を旅したその沸騰の瞬間の証がこのレコードであると彼は語り、ORDEN MUNDIALとの共演後Martiがメンバーと共に車を運転してマヨルカからパリへ一晩で連れて行ってくれた事や、すべての場所への運転をしながら、自らの演奏の後どの会場でも演奏が終わるまで会場で楽しそうにしていた姿を語っている。

そして、彼らの経験した一瞬一瞬こそが歴史となり、この盤によって語り継がれることだと思う。きっといつの時代もそうだ、目につきやすい出来事や、大きな災害や、時代の変化が歴史を形作るのではなく、その歴史の真の部分にはいつだってその瞬間を平場でしぶとく生き抜く人の姿とその暮らしがあるのだ。きっとそうだ、この盤に刻まれたものも彼らの生きた一瞬一瞬が音となり形となり僕らの目の前に現れて鳴っている。

この感染症が歴史なんかではない、この災害が、くだらない仕組みが歴史になるのではない。様々な出来事と共に立ち、地べたに存在する僕や君が生きる姿や考えること、そこで目にする景色こそが歴史を形作るのだから、それが片隅でも取るに足らなくてもあの人の分までとはいかなくたって、間違いだらけの今と自分を生きて生き直して生きまくるしかない。

少しでも、望んだ景色を目指して、あいつらには見えない存在を見えるとこまでぶちあげる。

そうやって日々を紡いでいきたい。

そして、ここからいなくなってしまったあの人は、今もどこにだってその魂で生き続けているじゃないか。

「生きて語れ」と、思い巡らした2020年の伝説のパンクスプリット盤。

うし number two
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