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Have a Nice Day!『Rhapsodies 2020』対岸の火事なき時代のアイロニー

KKV Neighborhood #51 Disc Review - 2020.11.06
Have a Nice Day!『Rhapsodies 2020』(avex trax、AVCD-96576B)
review by 松島広人AIZ

【ラプソディ(狂詩曲)】
一定の形式をもたないで、いくつかの楽想をつぎつぎに配列した、きわめて自由で奔放華麗な器楽曲。民族的な音楽が多く素材とされる。
出典:精選版 日本国語大辞典
【対岸の火事】
他人にとっては重大なことでも、自分には何の痛痒(つうよう)もなく関係のないこと。
出典:大辞林 第三版


つくづく “対岸の火事” という言葉の陳腐化を感じる。そのワードを疑問と思わない人々への不信感を抱いてしまう日々が無為に過ぎていく。その思いは心中の「しこり」として、人々の分断を煽っているようにも感じる。

そんな2020年の夏も通り過ぎた9月23日、Have a Nice Day!(ハバナイ)待望の新作『Rhapsodies 2020』が、avex traxよりリリースされた。フロントマンの浅見北斗氏自身がバビロンとみなすメジャーレーベルの懐を食い破って生まれ落ちた傑作と言える。

ハバナイという存在について今さら紹介するのも野暮な話だが、2010年代のはじまりから2020年の現在までYouTube、SoundCloud、Bandcamp、SNS、クラウドファンディング、新旧インターネットと地に足のついたオフラインの現場を行き来するバンド、と前提を整理しておく。

そんな彼らの新作は、これぞハバナイ!と呼べる刹那的な快楽と無感動さが同居したパーティチューンから、“わたしを離さないで”(2018) 以降に示した享楽性とは距離を置く切ないムードを帯びたものまでバラエティに富んだ内容だ。ただ単に雑多な要素がない混ぜにされているのではなく、 それぞれの楽曲が2020年という絶望的な時代への抵抗を一貫して伝える。もはや “対岸の火事” という言葉も使えない今、渦中の中に生きる人間の姿をアイロニカルな表現で紡いでいる。

黎明期のロックンロールからセカンド・サマー・オブ・ラブ期のダンス・ミュージック、マッドチェスターなどの要素や、ビートニク文学やディストピア小説、SF映画との関連は当人がnoteなどで明らかにしており、ここでリファレンスについて敢えて挙げることは控える。ただ、本作の原動力となった作品群を抽象化すると見えてくるものがある。それは ”鬱積した感情" であり、つまりパーティの復権と圧力、ヘイトの打倒を目指す意思に他ならない。

M-5 “SPRING BREAKS 2020”ではポエトリーリーディングを取り入れ、ノイズと共に霞んでいく声の有様が世界からの容赦ない圧力を想起させる。

もう音楽なんて必要のないものだよ、世界中にそう告げられたときオレたちの新たな歌は生まれる。世界はどこへ向かい、そしてどこへ辿り着くのか。罪深いオレたちはきっと生きながらえるさ。どうせなら、見に行ってみようぜ。
“SPRING BREAKS 2020”

そして続くM-6 “トンネルを抜けると”では

遠くに見えるあの光だけ ただ頼りにして 歩き続けましょう そしてどうかこの手を離さぬように

と、ハバナイにとってエポックメイキングな楽曲となった“わたしを離さないで”に連なるリリックが歌われる。元来このようなメッセージを持つ曲として制作されていなかったことも明かされているが、コロナ禍が未来への希望をもたらし、結果的にバンドの姿を更に先へ進化させる運びとなった。

長い長いトンネル、暗い暗いトンネルを抜けた先に待っていてくれるのは、一体何なのだろう。案外、そこはカラッポで特別な場所では無いかもしれない。仕事の後に駆け込んだガラガラの箱で鳴らされる享楽的なダンス・ミュージックにあわせて、おかしな様子で楽しげに踊る私たちの姿。それこそが時代を生き抜いた末に待つ、何よりの祝福だとも思える。

「今までの日常」は、もう失われてしまったのに。あの胸躍る「今までの非日常」を取り戻すことが困難なのは分かりきっているのに。それでも、つい日常が戻ってくることを期待する気持ちにさせられた。

ラプソディは自由な音楽のことで、それを2020と接続する皮肉。シニシズム(冷笑主義)に陥ることなく、クールな眼差しの中に解放を求める人々への慈愛を孕んだ、優しいメッセージすら感じ取れる作品だろう。

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