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Astrale『pastpresentfuture』「The 1975以降」のオルタナティヴ・ベッドルーム・ポップの理想形 by 管梓(エイプリルブルー)

KKV Neighborhood #169 Disc Review - 2023.5.26
Astrale『pastpresentfuture』review by 管梓(エイプリルブルー)


Astrale『pastpresentfuture』

The 1975というバンドの快進撃が世界規模で音楽シーンに与えた影響についてはいまさら語るまでもない。80年代のシンセ・ポップからエモやシューゲイズ、R&B、アンビエントにいたるまで幅広いジャンルの要素を吸収。コンパクトな尺のキャッチーなポップ・ソングにさりげなく実験的なサウンドスケープを持ち込み、洗練されたアートワークや映像と組み合わせてパッケージ化した彼らは、サウンド面・ヴィジュアル面ともに数多のフォロワーを生み出しこそしたものの、その圧倒的な個性を消化(あるいは昇華?)できている者は少ない。これはおそらくその個性が、フロントマンであるマシュー・ヒーリーの野心・虚栄心・自意識・不安・脆弱性などが渦巻く混沌とした内面世界に依るものだからなのだろう。

今回ご紹介するAstraleはどうだろうか。フューチャー・ベースやダブステップなどを土台にしたトラックメイカーとして2017年にキャリアをスタートさせた彼だが、2019年には急激な世相の変化に伴って世界の見え方や音楽に対する価値観も変わり、同じことの繰り返しに飽きて違う音楽性に挑戦したくなったと語っている。

そこから数作品にわたる緩やかな作風の変化を経て2022年にリリースされた待望の1stアルバム『Aural』はなんと自身の歌声を大々的にフィーチャーし、R&Bやシンセ・ポップのみならず轟音ギターのオルタナティヴ・ロック・ナンバーまで収録。ダンス・ミュージック的な出自から多少距離を置いた完全な「歌もの」のアルバムとなった。その音楽性のみならずミニマルで無機質なアートワーク、かすれた声質とラフなヴォーカリゼーションなどからThe 1975の影響が明確に見て取れるが、同時に虚飾とも言える過剰な壮大さは取り払われ、よりこじんまりとしたパーソナルな雰囲気だ。そのベッドルーム感のある親密な仕上がりにリリース当時とても好感を抱いたのを覚えている。

1stアルバム『Aural』

それからわずか1年ちょっとで世に送り出された2ndアルバム『pastpresentfuture』ではさらにクラブから遠ざかり、シンセ・ベースとゲート・スネアが80s風味を演出するオープナー「lostmymind」やアンビエントR&Bな「lie」以外はギターやピアノなどの生楽器が前景に。「faces」のざらっとしたエレクトリック・ギターや距離感の近い歌はどちらかといえば90sライクな印象で、MVでのラフな服装や映像の質感もその印象にひと役買っている。そしてこのドライなプロダクションがぶっきらぼうなAstraleの歌と実によくマッチしていてかっこいい。飾らないシンプルな言葉で安らぎを求める心情を歌うラストの轟音バラード「peaceofmind」は、壮大になりそうでなりきらない平熱感が切ない。The 1975だったら「I Always Wanna Die (Sometimes)」のようなカタルシスと広がりを出そうとしていたであろうところを慎ましく等身大な仕上がりに留めていて、派手な感情の動きこそないもののじんわりと染みてくる。「seeingthings」や「timeintheday」などの弾き語りナンバーで見せる裸の姿も新鮮で、彼の出発点を思うと感嘆に値する。情報過多な音楽に溢れる時代において、このデジタルからアナログへの方向転換、丸腰で隙を見せてくれる感じがなんだか嬉しい。

まちがいなくThe 1975以降の音楽を鳴らしながらも少しずつ無駄を脱ぎ去り、結果的に独自性を獲得しつつあるAstrale。ベッドルーム・プロデューサーならではの親密さとフットワークの軽さでハイペースなリリースを続けている(本稿の執筆時点ですでにVanessa Carlton「A Thousand Miles」のカヴァーを新たに配信している)彼への支持を表明するとともに、次の一手に期待したい。


Astrale『pastpresentfuture』
Release Date:2023.04.07
Label:Self Release

Tracklist:
1. lostmymind
2. faces
3. seeingthings
4. slomo
5. technicolor
6. lie
7. timeintheday
8. peaceofmind

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