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『浅野いにお短編集 ばけものれっちゃん/きのこたけのこ』感想


浅野いにおの2冊目の短編集『ばけものれっちゃん/きのこたけのこ』が数日前(10月30日)に発売されましたが、我らが離島にはまだ届きそうにないので電子書籍で購入しました。(Kindle版は発売が3日遅いのはどうしてでしょうか…)

で、日付が変わってすぐポチって、さっき読み終わったので全作品の簡単な感想を書いていこうと思いますが、その前にひとつ。


わたしが今年2月に書いたnote「浅野いにおの漫画を"ヤバい"順に紹介する」が、ありがたいことに継続的に非常に多くの方に読まれているらしく、どこかでバズったのかと思っていたら、なんと「浅野いにお」でググったら上から3番目に表示されているようです。(本人のツイッターとwikiの次!!!)

このような始末で、先日浅野先生が再婚されたニュースのときにも、お相手の漫画家のファンの方らが検索してたどり着いたのか、更に多くの人が記事を読んで下さったようです。

なんの間違いでこんなことになっているのか皆目検討が付きませんが、つくづく「ネットはこわいなぁ」と感じました。いや、もちろん多くの人に読んでもらえるのは嬉しいですが、流石にこのレベルになると「あのとき何か変なこと書いてなかったかな」とか、いろいろ心配になります。それどころか本人にも読まれかねない(もう既に…?)ので、冷や汗モノです。

というわけで、もともと浅野いにお先生は(久保帯人先生を除いて)いちばん尊敬する漫画家でしたが、この度の不思議な縁(?)から、更に自分の中での思い入れというか、「ちゃんと追っかけなきゃ!」という謎のプレッシャーが生まれたので、今回の新刊で出来るだけ早く記事を書こう、と思い至った次第です。


では全作品ひとつずつの感想に入ります。本巻は、合計13本の短編漫画が収録されています。カッコ内に初出時の掲載誌と年度を付けています。


1. ばけものれっちゃん (ヤングガンガン,2015)

(p.13より引用)

れっちゃん」こと安東烈子は、顔が"ばけもの"なせいで高校で避けられていましたが、ひょんなことから一躍クラスの人気者に。しかし大学推薦のために学級委員長をする主人公は、突然れっちゃんを神輿のように祭り上げだしたクラスメイトに激しい嫌悪感を覚えます。そして迎えた体育祭で…

初っ端から浅野いにおらしさ全開です。"偽善"は近年の多くの浅野作品に見られるテーマのひとつで、この短編集にも同じテーマの漫画がたくさん収録されています。

「寄生獣」っぽいれっちゃんの容姿が痛烈なのは確かですが、とても健気でいい子です。あと脚がとてもよい。
れっちゃんの脚以外の本作の個人的な見どころは、彼女らが暮らす海辺の田舎町の風景描写です。写真加工だと思いますが、緻密で構図も良く、本当にエモい。

(p.20より引用)


2. ふんわり男(「ふんわり鏡月」ブランドサイト, 2016)

(p.55より引用)

サントリー「ふんわり鏡月」という商品の広告漫画。「デデデデ」の大場くん似の"ふんわり男"が登場します。広告漫画なので、いつものエグみは身を潜め、いい感じのイチャイチャが描かれるのですが…


3. としのせ(月刊ビッグガンガン, 2013)

雑誌の"シガレットアンソロジー"への寄稿として書かれた短編。13年の作品なので、最近より人物の線が細い印象を受けました。田舎の家族で年越しをする雰囲気の再現がとても上手い。


4. 誘蛾灯(USCA, 2014)

(p.87より引用)

深夜の高速道路をドライブする謎の男女ふたり。彼らの周りを絶え間なく過ぎ去る光のぼやけた残像が、会話の合間に挿入されます。本人は"手抜き"と言っていますが、この演出が非常にいい味を出していました。これがあるからこそ、ラストシーンのあの何ともいえない抒情が生まれると思います。


5. D (Fライフ 03, 2014)

掲載雑誌の詳細を書くとすべてが台無しになる作品なので、なるべく伏せました。まんまと最後まで気づかずに最大限驚くことが出来たので、つくづく自分がバカでよかったと思いました。浅野いにおのキャラデザ力恐るべしというか、彼が書けばなんであっても浅野いにおの漫画になってしまうのが凄い。皆さんも是非、最後まで読んで「ええええ」と叫んでください。


6. ふんわり男(に、ふんわり女は、何を思う)

さきほどの「ふんわり男」と画はまったく同じで、モノローグを加えたものです。web掲載なのでこんな試みができたんですね。これも正直、連作の存在すら知らずに読むのがいちばん楽しいと思うので、ここに書くのは不適切な気がしています。ひとつだけ、10年後、20年後には「詫び石」が通用するのでしょうかね…


7. さよならばいばい(週刊ヤングマガジン, 2016)

これも"最近の浅野いにお"だなぁと感じました。すなわち、SNSなどで次第に顕著になっている、現代社会の様々な「断絶」を風刺的に描くのに、ここ最近浅野さんはハマっているようです。「ソラニン」のときから"現代的な漫画家"という呼称がピッタリでしたが、ここ数年はまた違った意味で"現代的"だなぁと思います。良くも悪くも、こうした時代でなければこのような漫画は生まれなかったでしょう。


8. TEMPEST (ビッグコミックスペリオール, 2018)

(p.177より引用)

おそらく本短編集でいちばんの問題作。「老害」という言葉が簡単に引き合いに出されるようになった昨今ですが、まさにそんな現代のSNSに蔓延る風潮を思いっきり風刺したディストピアものです。こちらも世代間の「断絶」をテーマにしていると言ってよいでしょう。あとがき曰く、社会に警鐘を鳴らすなんて意図は無いそうですが、読者としてはやはり考えてしまいます。


9. 夏のにおいは魔法少女を二度殺す(月刊!スピリッツ, 2011)

(p.207より引用)

本短編集のなかでも古めの作品です。主人公の女の子のキャラデザが、今とはまったく違った方向性でとてもかわいい。(今のも好きです)
ひとりが好きで基本真顔で冷静な女の子、いいですよね…非常に虚構性が高いことは承知していますが。

まだ「おやすみプンプン」連載中に執筆されたこともあり、見開きで登場する"変な鳥"は明らかにアレですよね…。ここのコマ割り、天才的だと思いました。やはり「うみべの女の子」を彷彿とさせる海岸沿いの描写がたまりません。

主人公のキャラのせいで多少マイルドにはなっていますが、本作もまた様々な人々のあいだに横たわる「断絶」を描いているのは違いないでしょう。



10. ひまわり (月刊!スピリッツ, 2011)

あとがきに、「『傑作』と呼ばれる読み切りを書きたいという不埒な意気込みで挑んだものの、先走りすぎて混沌としてしまった」とありますが、わたしは間違いなく傑作以外の何物でもないと思います。この短編集でいちばん好きでした。

なんで作中でガラケーを使ってるのかと思ったら、11年の作品だからなんですね。「そう思う・思わない」の二択投票が出来る匿名掲示板も、時代を感じさせるガラケーに映えています。

この作品に関しては本当に完璧だと思うので、これ以上語れません。浅野いにおの批評性、叙情性、構成力などがすべて出ています。「本当はラストを直したかった」というのは気になりますが…。



11. ふんわり男(に、ふんわり男は、何を思う)

三度登場。これはさっき言った気がしますが、読んでいてつくづく自分がバカでよかったと思いました。「ええええ!!いたの!?」と思わず叫んでしまいました。


12. きのこたけのこ (月刊!スピリッツ, 2014)

(p.275より引用)

タイトルで大体分かると思いますが、これもまた現実に存在する圧倒的な「断絶」のはなしです。読んでいて「なんだかなぁ」と思っていましたが、「デデデデ」の前身となった作品と知って腑に落ちました。浅野作品で今のところ唯一のファンタジーものらしいですが、やっぱりわたしはいつもの現代モノが好きです。


13. 愛しの健吾(文藝別冊 総特集 花沢健吾, 2016)

噂には聞いていたけど、花沢先生への愛がスゴい。(スゴい)



以上13作品と、盛り沢山な内容になっていました。

読んでいてヒシヒシと感じたのは、10年前の「世界の終わりと夜明け前」からの作家性の変化、特に何度も繰り返すように、ある種の断絶を風刺的に描くことに執着するようになったな、ということです。

「世界の終わり〜」周辺の、デビュー当時の浅野作品は「ソラニン」に代表されるように、青年期の鬱屈や生きることへの漠然とした不安が主なテーマとなっていたように思えます。それは浅野先生自身が駆け出しの作家であったことに少なからず起因していることでしょう。

しかしそれから10年以上のときが経ち、"人気漫画家"浅野いにおとしての生活が長くなると、青年期から次のステージへ本人も移ることになります。すなわち社会のまっとうな一員としての"大人"になったということであり、そのため自分の人生について悩んでいた以前とは異なり、社会の様々な問題に意識を向けるようになったのです。
本作の「としのせ」などでは例外的に思春期の少女の人生への不安を描いていましたが、これも浅野いにおはどちらかと言えばそれを見守る"叔父さん"側の目線で描いていたように思えます。

このような浅野いにおの社会風刺的な作風はいつまで続くのでしょうか。マンガワンというアプリで配信されていた新作「勇者たち」(今月発売予定)は、この風刺が極限まで高まった作品といってよいでしょう。わたしの根拠のない予想では、社会批評性を一度振り切ってから、これまでとは違った新たなステージへ到達するのではないか、というかしてほしいな、と勝手に期待しています。


なんだか作家評論のままごとのような文を連ねてしまいましたが、ともあれ、書いたように浅野いにお先生は非常に尊敬し、注目している漫画家なので、これからもその新作を興味深く追っていこうと思います。

それではまた。

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