浅野いにおの漫画を"ヤバい"順に紹介する
浅野いにおといえば、ネットでは「サブカル好き御用達のメンヘラ漫画」的な、不名誉で否定的な評価をよく目にしますが、個人的には彼はほんとうに“良い”作品をストイックに生み出す人だなぁと尊敬しています。
ただ、彼の思う “良い漫画” のイメージが少しばかり変わっているだけなんだと思います。
今日は、そんな浅野いにおさんの著作を “ヤバい” 順に紹介しようと思います。
面白い(と思う)順や自分が好きな順などの、いわゆるおすすめランキングではないことに注意して下さい。
「ヤバい」の定義・内訳については完全に独自判断です。ヤバさにもグロ・エロ・鬱・不条理・狂気など様々な要素がありますが、ほとんどこれら全てのヤバさを浅野いにおはカバーしているのでご安心下さい。
ランキングは2018年2月現在、単行本化している全著作10冊が対象です。それほどヤバくない10位から始まって、順位が上がるごとに徐々にヤバさが増していきます。
いつも通り書名タイトルがAmazonの作品ページにリンクされています。
また、連載期間・連載誌・出版社等の書籍情報はWikipediaから引用しました。
それではどうぞ↓
10位 (全然ヤバくはない) : 『ソラニン』
(2005 - 2006年、ヤングサンデー、小学館、全2巻)
浅野いにおの出世作にして、多分いまだに代表作の『ソラニン』が10位にランクイン。映画化もされており、作中に出てくるアジカンの同名の楽曲(浅野いにおが作詞を担当)でも有名ですね。
デビュー初期の作品ということで、良くも悪くも収まるところに収まっている、浅野さんの中では比較的大人しい作品という印象があります。
そのため「浅野いにおを初めて読む人におすすめ」と同時に、「こういう作風の人だと思うと他を読んだときに大怪我するよ」と忠告もしておきたいというジレンマ。
それでも、モラトリアムを謳歌する現代日本の若者特有のノリを描く上手さは、他の作品にも通底する浅野いにおの重要な特徴だと思います。
そういえば昨年末に、後日譚となる続編が11年ぶりに発表されました。(『ソラニン 新装版』に収録)往年のファンは要注目です。
9位(まだまだヤバくはない):『素晴らしい世界』
(2002 - 2004年、サンデーGX、小学館、全2巻)
浅野いにおが初めて連載した短編連作です。
やっぱりモラトリアムに生きる様々な若者達の日常を描いています。(僅かな非日常要素アリ)
初期作なので人物も背景も、画力が高いとはいえません。
またどの話もわりと素直なハッピーエンドなので、どこか惜しい感じがします。
しかし、主人公のモノローグ(四角の吹き出し)を多用する手法は、のちの『おやすみプンプン』などに繋がっています。
他の代表作を読んで、浅野いにおのデビュー当時の初々しい姿を知りたくなった人向けの作品です。
8位(まだヤバくはない):『ひかりのまち』
(2004 - 2005年、サンデーGX、小学館、全1巻)
東京郊外の新興住宅地「ひかりのまち」を舞台にした短編連作。
連載の時期が近いこともあり、基本的な雰囲気は『素晴らしい世界』に近いと思います。
しかし、突飛な設定のキャラクターが登場し、微グロ要素もあることから “ヤバさ” が増しています。
といってもまだまだそこまで酷くはなく、1冊に上手くまとまった短編連作として読めるでしょう。
7位(少しヤバさが垣間見える):『世界の終わりと夜明け前』
(短編集、2008、小学館、全1巻)
数年間いろいろな雑誌に掲載された繋がりのない短編と書下ろし作品が収録された、初の純粋な短編集。
この辺りから画力が上がり、特に背景のリアリティが凄くなるとともにヤバさも増してきます。
ある家族を扱った全3話の短編連作「日曜日、午後、六時半」や駅プラットフォームの購買で働く女子を描いた「超妄想A子の日常と憂鬱」などは、浅野いにお特有の不条理というかシュールさが出ています。
また表題の一部にもなっている「夜明け前」の懐古的な胸を抉るエモさ・美しさは、『おやすみプンプン』が好きな人にはたまりません。
全般的に、浅野いにおの持つ多方面のヤバさが散りばめられており、それでいて短編集なので読みやすく、初心者向きといえるでしょう。おすすめです。
6位(ちょっとヤバい):『うみべの女の子』
(2009年 - 2013年、マンガ・エロティクス・エフ、太田出版、全2巻)
雑誌名で察してほしいのですが、もろ成人向けです。直接的にエロ方面の描写が盛り込まれているので、未成年の方は親御さんの前では読まないようにして下さい。
ですが、この2巻にわたる作品のヤバさの真骨頂はエロではありません。
大人からすればなんてことのない、でも思春期の男女の当人たちにとっては切実な想いのすれ違い。海岸沿いの田舎町の精緻な背景とともに、その心情が描き出される様は読んでいてヤバいほど胸が抉られます。
はっぴぃえんどの名曲「風をあつめて」を印象的に用いた暴風雨のシーン、そして海の広さがどうしようもないスケールで胸に迫るラストシーンは必見。
成人向け「青春漫画」の傑作だと思います。
5位(まあまあヤバい):
『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』
(2014年~、ビッグコミックスピリッツ、小学館、既刊6巻)
タイトルのヤバさ部門では堂々の1位。現在ビッグコミックスピリッツで連載中の通称『デデデデ』。
主人公たちが若者(女子高生)というのはいつものことですが、この新連載では扱うテーマをこれまでとはガラッと変え、「社会派」漫画になっています。
2011年の大震災を露骨に比喩しているかのような「空を覆う絶望」と、それに慣れてしまって平和に暮らす日本の人々。
ここまで政治的なテーマを浅野いにおが扱うのかと、当初は驚きました。
それでも今のところ幾つかの(ヤバい)見せ場を作りながらストーリーを上手く紡げているのは、現代日本の空気感を紙の上に再現することに長けた彼の成せる技だと思います。
政治にあまり関心がない人でも大丈夫、だってJKのキャラがとにかく可愛いから。主人公の親友おんたん(中川凰蘭)は特に、浅野いにおの集大成とも言える天才的なキャラデザだと思います↓。(自分は凛派ですが)
6巻まで進み、作中はかなり直接的に「ヤバい」状況になっていますが、どうオチをつけるのか非常に楽しみです。(みんな生きていてほしい…)
4位(普通にヤバい):『零落』
(2017年 - 2017年、ビッグコミックスペリオール、小学館、全1巻)
昨年、『デデデデ』を休載して短期集中連載をした最新作『零落』が4位にランクイン。
この作品は浅野いにお作品の中でも独特のヤバさを持っています。
グロ要素はなく、エロも『うみべの女の子』に比べれば全然露骨ではない。狂気的なキャラも出てこなければシュールな展開もありません。
ただひたすらに、暗いのです。
タイトル通り温度感の無い、静かに静かに精神的に漂流していく漫画家の主人公。作者自身を元ネタにした、私小説的な作品です。(「さよならサンセット」には笑いました)
結末もカタルシスはなく、ただただ溜息がこぼれるような諦観と絶望。
たしかに「新境地」だと思います。
3位(かなりヤバい):『おざなり君』
(2008 - 2011年、CUT、ロッキング・オン、全1巻)
見開き2ページ単位の連作で基本的に構成された、かなり異色の作品です。
他の作品と比べて画風が全然違い、終始『おやすみプンプン』の主人公「プンプン」のようなマスコット的な絵柄で進行します。
作風はブラックコメディというか、彼らしいシュールな狂気が全面に押し出されており、読み始めた時は意味の分からなさにひたすら戸惑いました。
それでも3位に甘んじているのは、100%不条理かと思われた前半とは打って変わって、後半ではだんだんと物語らしい大筋が見えてくるからです。
前半のノリで最後まで走りきっていたら1位も夢ではありませんでしたが、本当にそんなことをしたら連載途中で打ち切られていたでしょう。
2位(めちゃくちゃヤバい):『おやすみプンプン』
(2007年 - 2013年、ヤングサンデー→ビッグコミックスピリッツ、小学館、全13巻)
満を持して登場しました、実に7年をかけて浅野いにおが書き上げた大作長編『おやすみプンプン』。
独自の写真加工技術を下敷きにした、現実よりもリアルな背景世界。
その中で唯一戯画的に描かれる主人公「プンプン」の少年時代から大人になるまでを13巻かけて描きます。
この壮大な物語の中核を成すのは、何と言ってもヒロインの愛子ちゃんでしょう。(名前を出すだけで胸にクる…)
少年期の淡くもずっしりと大切に抱える恋心。彼女とプンプンの関係性が中学、高校、大学と成長する中でどう変わっていくのか。
中盤から大きく関わってくるもう一人のヒロイン「幸」の存在も欠かせません。
そして、プンプンの成長譚と交わりそうで交わらずに並行して描かれる、謎の新興宗教団体(?)「ペガサス合奏団」。作中でのこちら側の存在感・距離感が絶妙にコントロールされていることで、物語はシュールさを帯びるとともに重厚さも増しています。
単なる鬱屈した青春漫画とも見做せますが、他にも様々な角度から読むことのできる傑作だと思います。
初読時にしか味わえない、ラストに近づくにつれての切迫感はもう一生忘れないでしょう。
スマホアプリ「マンガワン」でこの作品を一気読みできる期間中に、浅野いにおさんがtwitterで宣伝していたのを真に受けて読み始めたところ、まんまと深みにハマり、色んな意味で死にました。以下証拠写真
最近また被害者を増やしていたようです。
やたらと他人におすすめするタイプの作品ではないので強くは薦めませんが、これまで読んできた中でもっとも衝撃を受けたマンガでした、とだけ言っておきます。
読む人は自己責任で。
1位(ヤバいってレベルじゃない):『虹ヶ丘ホログラフ』
(2003 - 2005年、QuickJapan、太田出版、全1巻)
『おやすみプンプン』が1位だと思っていた人、残念でした。その更に上を行く作品を浅野いにおは書いています。
この漫画家が持てる限りの狂気が、厚めの単行本1巻に凝縮されています。
かなり難解な作品です。
次々と変わる登場人物の視点。バラバラの時系列。暗示的にしか提示されないストーリー上の重要な手掛かり。
正直、一読しただけでは何がなんだかさっぱり分からず、自分は考察サイトを調べてようやく全貌がうっすらと把握できた程度でしかありません。
登場人物のほとんどが、いわゆるサイコパスか精神異常者か、それとも悪人か、といった有り様です。ページをめくるたび、前のコマまでは常識人だと思っていたキャラが豹変していないか、不安でなりませんでした。
いちおうサスペンス漫画らしいのですが、その枠を遥かに越えていると感じます。
例えるなら、『おやすみプンプン』で13巻かけてやったことを1巻にギュッと無理やり押し込めてめちゃくちゃにかき混ぜたような、そんな密度が高すぎる作品です。
謎解きなどが好きな方は挑戦してみては如何でしょうか。
余談ですが、この『虹ヶ丘ホログラフ』をネカフェで読み終えてから、何をとち狂ったか、次に『4月は君の嘘』を初めて一気読みしてしまい、両作品のあまりの雰囲気の差に戸惑ったのを覚えています。
浅野いにおの全力の狂気に麻痺した脳で読んだせいで「なんでこんなに登場人物がみんな優しいんだ…おかしいだろ…」と思ってしまい、イマイチ『君嘘』を堪能できませんでした。
『虹ヶ丘ホログラフ』のあとに『四月は君の嘘』を読むのは絶対にオススメしません
ランキングは以上のようになりました。
ちなみに純粋に自分が特に好きな作品を挙げるならば、
1位:『おやすみプンプン』
2位:『デデデデ』(既刊までの暫定順位)
3位:『うみべの女の子』
4位:『世界の終わりと夜明け前』
といったところでしょうか。
前述の通り初めてのいにお作品が『プンプン』だったので、『ソラニン』は正直肩透かしを食らった感がありました。読む順番は大事ですね。
それでは。
【ほかのマンガ紹介note】