休日の仕事

不規則な勤務をしている私には曜日感覚というものがここ10年以上靄がかかっている。
月曜日、本来なら学校にいっているはずの子供と家事をする。まだ小学校一年生というのに登校拒否をしている、最初は戸惑いもしたが今は元気でいてくれればそれでいい。
まずは洗濯だ、気になっていたが家には洗剤の類が多い、妻はこれだけの種類を使いこなすスキルがあることに敬意を私は持っている。洗剤を入れている箱の底に敷いてある新聞紙が煤けているのが気になり交換することにした。
取り出そうとした時、動揺が走る。数々の洗剤は空の容器だったのだ。その数なんと5本。今まで妻に抱いていた敬意が崩れそうになるが、妻も忙しいのだと気持ちを切り替える。
そこで整理するため子供と作業に取りかかる、捨てる容器と詰め替える容器に分別し捨てるものは手早くゴミ箱へ入れる。この容器を風呂に入れて遊ぶなどと子供に言われてはたまったものではない。
柔軟剤の詰替えがあったので容器を押さえてもらい詰替開始だ。もう少し、もう少しと入れていくうちに柔軟剤があふれる。子供の手にかかりやがて床に広がっていく、失敗だ。
あふれる柔軟剤のように私の心の器からストレスがあふれ出る、慣れないことはしないことだと思う反面、やらなければ慣れることなないのだと自分を諭す。 
キッチンペーパー5枚を持ってきてくれた、手伝ってくれる子供を見て和らいだかそれもすぐに終わる、キッチンペーパをまき散らしその場を去っていったのだ。あふれた柔軟剤を処理し、必要な予備品を買うためメモを取らなければならない。子供に紙と書くものを頼むとすぐに取りに行ってくれた、行動が早くて助かる。
元気よく持ってきたのは破れたティッシュペーパー1枚と青色のマジックだった。小学一年生、自分には教養があると自信満々に行っていた割にこれはないだろう、ふと映る子供の顔はニヤけている、わかっていてやっているのだ。このユーモアに心がまた和らいだ。苦労することも多いがこの様に助けられることも多い。
夕方、妻からの司令で子供を病院へ連れて行く。鼻水が出るからだ、私が幼い頃はこの程度では病院など行かなかった、子供にとって豊かな時代になったように感じる。
診察室での先生との会話で学校はどうか聞かれた、子供は私の顔を見てなにも言わない。
私は少しの動揺を見せつつボチボチですと答えた。ただの会話の取っ掛かりだが少しつらい、だがこの調子なら第二波、三波があっても不思議ではない。次に先生から放たれた言葉は学校で走っても咳は出ないかだった。
第二波が早すぎる。だが学校に行っていない間、子供とよく走っている私はすぐに咳は出ないと答えた。先生が私を見る、返答の速さと自信有りげな態度を不審に感じたのかもしれない。少し気まずい空気の中、処方される薬の説明がされている、私の耳に言葉は入ってくるが頭には定着しない。第二波を凌ぎきった私の脳はもはや疲弊して閉店しているのだ。
家では妻に薬のことを聞かれるだろう、言い訳を考えながらノロノロと家路につく。


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