ある男の話3
しばらくすると、雨は止み、ちょうど雨天が晴天に切り替わるように、テレビ番組が暗いニュースから明るいバラエティ番組に切り替わった。
よくある大食い系の番組で、名前も知らないダンスグループの男性アイドルと、若手のお笑い芸人、ギャルメイクの大食いタレントの三組が、イタリア料理のお店でマルゲリータ・ピザを何枚食べれるか競うというものだった。
「うわぁ、大変そうだね」麗奈が少し顔をゆがめながら言った。
「そうか?」僕は言った。さっき酒を飲んだせいか、チャーハンでは飽き足らず、ちょうどツマミが欲しくなっていたので、むしろうらやましく思えた。
「満腹なのにもっと食べなきゃいけないなんて、地獄じゃない?」
「いやいや。お金もらえて、腹いっぱい飯食えて、宣伝もできるなんて最高じゃん」僕は言った。
最初は三組とも威勢がよく、良いペースでピザを4,5枚ほど食べ進めていたが、やがてアイドルとお笑い芸人の手がピタリと手がとまった。
胃が痛くなってきたのか、その顔は苦痛に変わり、二人ともこの世の終わりのような顔つきになった。
大食いタレントのほうは、涼しい顔をして最初と変わらないペースで黙々と食べ進めている。
「そっか。そんなもんかなぁ」麗奈はスマホをいじりながら答えた。
「絶対そうだよ。しかもこいつら若手だし」
僕は答えた。
しかしよく考えると、本当はキツいのに平気な顔をして黙々と食べないといけない大食いタレントのほうが本当の地獄なのでは?と思えなくもなかった。
気が付くと、麗奈はスマホに夢中になり、もはやテレビは見ていないようだった。
「何してんの?ゲーム?」
「ううん。そんなんじゃないよ」
僕が聞くと、麗奈がとっさにスマホから目を離した。
最近の麗奈は、昔に比べて、よくスマホを見ているような気がする。
付き合ったころから「むかしから片頭痛があるから、長いことスマホの画面を見てると頭が痛くなるんだよね」と言っていたのに。
何か面白い動画とか、夢中になれるものでも見つけたのだろうか、と思ったが、その時はまだ、それほど深く気にするまでには至らなかった。
「さてと、お皿片づけるね」そう言うと、麗奈はキッチンに掛けてあったエプロンを身に着け、手際よく食器を洗いだした。
「今週の休み、どっか行く?」僕は言った。
「あー、ちょっと考えとくね」
麗奈はそう言うと、じゃあね、と僕のアパートを後にした。
気が付けば、外は夜の闇に覆われていた。お昼時の大雨が、数日も前の出来事のように思えた。
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