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見えない湖 21

 気が付くと僕も絵を描いている。絵の中に吸い込まれるような、一直線の道が遠近法で描かれている。道の両脇には青みがかった芝生が綺麗に生えている。その奥には木がまばらに、風を受けながら立っている。空は、淡い青で何も遮るものがない。真ん中に位置する道はどこか遠くに繋がっている。しかし、その一直線の道は全て人間の頭蓋骨でできている。それが希望か絶望かわからなかった。誰にも分かることが出来ないだろう。しかし、僕は知りたくて仕方なかった。
 描き終えた満足感で一息つく。ふと周りを見渡してみる。部屋一面には骸骨の絵があった。頭蓋骨を正面から、横から、後ろから描いた絵。肋骨を描いた絵、指を描いた絵。骸骨が石を持ち、ギターを引いたり、ドラムをしている絵。皮はなく、骨と内臓だけが書かれた絵。僕もこの島の住人になったんだ、とふと思う。狂気を正常として受け入れた。ただそれだけのことで、狂気こそが僕の生きる道だと思う。いやむしろ、こちらが正常だと思う。後悔はない。後悔している暇はない。僕はまた新しい骨を探しにいく。新しい次元の骨を探しにいく。ふと、あの体の形がおかしい人たちの骨のことが気になる。あらぬ方向に曲がった骨たちはどのような死骸になるのだろう。死骸になっていなければ僕が死骸にすればいいだけの話だ。ワクワクで足の速さが上がる。
 早朝、誰にも見つからないようにこっそりと台所に行く。いつもは使っていない戸棚から包丁を見つけた。それを丁寧に段ボールで囲い、ポケットに忍ばせる。
 外に出る。この街は外が静かなことが多い。鳥の鳴き声や鹿の鳴き声が響き渡っている。鼻から空気を一気に吸い込んだ。ここに来て何ヶ月経っただろうか。僕も立派な『楽園』生活者になっているだろうか。僕にとって、館で見たあの女が言っていたように、僕にとっても『楽園』に変わった。何もない僕から、生きるべき指針ができた。『骨の絵を描く』と言うこと。これは人間の真理だ、と言う自信もある。人間は骨に支えられ、骨とともに生きている。骨がなければ動くことは困難だ。人間にとっても大切なものである。その骨を描くことは人間の真理を描くことに他ならない。そのために、人を一人二人殺したところで変わりない。なぜなら僕は、真理を描いているから。
 目の前には音楽が漏れてきている家のまえに立っている。今からサンプルを採取する、という意気込みで扉を開け、部屋に入る。音楽はまだ流れ続けている。ポケットに忍ばせている包丁を握る。僕が入ってきても何も気にしないように踊っていた。包丁を振りかざして次々と刺した。血が公園の噴水のように勢いよく飛び散る。それを見ながら新しい芸術を見つけた、と思う。舞い上がる血は鮮やかで官能的だった。三人全員が動かなくなったところで、骨の硬さを確認する。そして、あらぬ方向に曲がった骨たちは、他にはない形をしていた。僕の顔は自然に笑みをこばしていた。また新しい骨を描くことができる。人を殺すことに何の抵抗もなくなってしまった。
 死体を運びながら外に出る。この骨を描き終わったら他に何を描こう。もう死体は描き飽きた。これからは生きた人間の骨も描きたい。体中がゾクゾクしてきた。


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