見出し画像

有能な引きこもり

私は長期の引きこもりである。(トータルで20年くらい。)
引きこもりにも色々と種類があると思うが、さしずめ私はエリート引きこもりだ。


・睡眠/食事/入浴


睡眠は好きな時間に起きて好きな時間に寝る。
そしてそれについて誰にも文句を言われない。
食事は好きな時間に家にある物、もしくは自分のテーブルに作り置かれている物を食べる。
勿論それについて誰にも文句を言われない。
入浴は好きな時間にシャワーを浴びる、気が向いてれば湯を沸かし浸かりもする。
例によってそれについて誰にも文句を言われない。

・お金


親からクレジットカードを渡されている。
勿論、常識の範囲ではあるが使い放題だ。
ある程度に値の張る物を買う際には、
「これ買って良い?」と尋ねるがまず許される。
何なら過去に自分で働いて貯めた貯金もそこそこある。
ついでに障害年金も出てるしそれも使える。

・外出


用事があれば普通に外を徘徊する。(基本的に用事は無い。)
勿論、家の中も堂々と歩き回る。
部屋に籠城してるタイプでも無い。

・普段の生活


その日の気分で好きな事をして過ごしている。
ゲーム、ネトゲ、創作、洋画、情報収集、友達と雑談や通話したりゲームで遊んだりなど割と豊富だ。


ここまで読んだ奴は思ったであろう。

何故にそんな生活が許されるのか?


理由は主に5つだ。

①家が裕福だった。


詮索するとキレられるので詳しくは知らんが、
この家は間違いなく平均よりも裕福だ。
例えば恐らく40万越えであろうゲーミングPCを特に頼んでもないのに買って貰った。
この前もエアコンがぶっ壊れた。
そしたら数日後に新品が設置された。
普段の食事も明らかに値の張る物がほいほいと出て来る。

②家族全員が私に借りがある。


この家庭は機能不全家族である。
私は物心の付いた時から虐待を受け、小学校低学年の時点で飛び降り自殺を図った程度と言えば伝わるだろうか。
連日の夫婦喧嘩なんぞは当たり前、私はそれを止める役目を親からも兄妹からも押し付けられたのだ。
ちなみに5人兄妹だ、妹共?親が包丁を振り回してる近くでゲームしてたよ。
それがほぼ毎日、私が二十歳前後になるまで続いた。

適当に印象的な出来事を上げるだけでも、

・包丁を振り回して家の中を切り刻む親を止める。
・台所に油を撒いてその中心でライターを持ってる親を止める。
・夜中に薬物を乱用してラリって車に乗り、そのまま海へ向かい、そして車の中で練炭自殺を図った親をタクシーで迎えに行き連れ帰り蘇生する。
・夫婦喧嘩の果てに殺人未遂にまでなり逮捕された親を見届ける。事情聴取や面会役も全てやらされる。

など書き始めるとキリが無い。
他にも色々とあるが書くのが面倒くさいので省略する。
ちなみに今のこの家は平和そのものだ。
私の人生を犠牲した結果でな!!

③そもそもこの家が狂ってる。


上記の通りにこの家は機能不全家族である。
まず兄弟5人中、4人が病んで精神科通いだ。
発達持ちも2人居る。(内1人は私だ。)
何なら両親のどちらもが精神疾患者だ。

睡眠、食事、入浴などが好き放題に出来るのもそもそもこの家が無法地帯だからである。
おはようやおやすみなどの挨拶なんぞもした事が無い。
当然に家族で集まって食事とかもしない。

私はこの家で育ったからこの家の事しか知らんが恐らく普通の家と比べると凄まじく狂ってる事だけは分かる。

④私が生まれつきの障害者であった。


私はASDだ、感覚過敏のおまけ付きタイプだ。
そんでASDの中でもアレで有名?な尊大型である。
世の為、人の他にも引きこもらざるを得ない。

⑤散々に行動し尽くしたが何もかもが駄目だった。


上記の通りに私は二十歳前後までは家庭の生け贄状態であった。
そんでまあ結局は解放されて自由になったので色々とやってみる訳だ。
そして何かをする度に気付く。
私はアルティメット社会不適合者なのでは?と。

とりあえず家のいざこざが終わった後、まず初めに車の免許を取った。
取ったは良いが車を運転する際に致命的な問題が2つあった。

まず1つ目、ASDが故に極端すぎるシングルタスクなのだ。
つまりは同時に複数の事が出来ないのである。
そしたら車の運転って高度なマルチタスクが求められるじゃん?
これ無理ゲーぞ?何故に免許が取れたんだろうか…?
そして2つ目、極度の人間不信かつ他人の行動が読めない。
車ってのは言い換えるなら走る殺人兵器だ。
道路に出ればそんなんがひゅんひゅんと走ってる。
結論を書こう、対向車が怖すぎてすれ違う度に死の恐怖を覚え、パニックになる。
なんやねんこれ、よく普通の人等はこんなもん乗り回せるな…。

ちなみにバイクは乗れた。
死の恐怖はどうしようもないがシングルタスクでも何とかなる程度の操作で済んだからだ。

とりあえず足は確保した。
じゃあ次は働くか、となる。
適当に調べた結果、職業訓練なる就職支援制度があるらしい。
んじゃそれを使うか。応募応募〜。
面接?エリートなので余裕で通った。
散々に修羅場を潜って来た人間にはそんなもんヌルゲーでしかない。
学力テストはそもそもまともに学校に通ってないので困ったが、私はエリートだったので適当に勉強したら余裕だった。
勿論、覚えた事は即座に忘れた。

そんでまあ無事に職業訓練校にバイクに乗って通い出す訳なんだけど、
とにかく何もかもが簡単であった。
小中学は遅刻魔かつサボり魔でまともに通いもしなければ、授業なんぞ聞きすらしない。
筆箱に隠した携帯ゲーム機でぴょけもんやってるか寝てたような奴であった。
そんなアホ人間だったのにいざやる気を出せば何もかもがちょろいちょろい。

上記の訓練校は無遅刻無欠席かつ最優秀生徒枠であっさり卒業した。
ついでに本来であればエクセルとワードの3級の取得が出来る学校であったが、
私は有能すぎて「〇〇さんなら2級も取れそうですけど、どうしますか?」と言われた。
ちょろそうなのでやってみた、余裕で取れた。

そんで無事に就職、とは行かなかった。
現実とは非情でありクソであった。

卒業後に私が放り込まれたのは通称A型と呼ばれる職場だ。
分かりやすく書くなら障害者用の職場だ。
中でやってることなんぞ何の生産性も無ければ猿でも出来る作業まみれであった。

私は仕事に関してはやり甲斐を求めるタイプだ。ぶっちゃけ給料とかどうでもいい。
自分が成長するついでに金も貰えりゃいいや程度にしか考えて無かった。

そしたらこの職場は私にとっては地獄だ。
例えばエクセルを使いPCで作業をするのだが、何故か余りにも非効率な手打ち作業で皆が延々とやってる。
こんなもん関数を使ったりマクロ組めばええやん?と思った。
今こそあっさり取れたエクセル2級を利用する時だ。
ので「これ非効率すぎるんでマクロ組んでいいですか?」と言った。

結論から言うと拒否られた。
意味が分からなかった。
その後、私は別の部署に回された。

そして悟った。ああ、ここは仕事をする場所じゃ無い。
障害者を遊ばせとく施設なんだな、と。
当然だがアホくさいんで辞めた。

話は反れるが上記のおままごと施設は本来では私が放り込まれる場所では無かった。

訓練校に通ってる際に職場体験があり、そんでその時に行った職場に放り込まれるのが本来のルートであったらしい。

私はその体験で行った職場からお断りされたのである。
何故か?

有能すぎたからだ。

その体験で行った職場では初日にこう言われた。
『分からない事があったら遠慮無く何でも聞いて下さいね。』

私はエリートなので分からん事など無かった。
全く触った事が無いPCソフトも直感で操作し使い方も把握し黙々と作業をした。
その職場では様々な仕事があり、特にそこの社長と車に乗りそこら中を走り回りつつ仕事を引き受けたり作った物を納品して回るのが楽しかった。
この社長はよく喋る方で車での移動中に色々な話を聞かせてくれたし面白かった。

私はここで働けるなら楽そうかつ面白そうやなぁーと楽観的に思いつつ職場体験は終わりを迎えた。

そんで無事にお断りされた訳だ。
その時に人事に言われた台詞がこれだ。

『ここは障害のある方が多い職場だから各々が助け合って仕事をしてるんだよねぇ。そしたら君は1人で何でもやっちゃうしこの職場にはちょっと合わないかなぁ。僕としてはもっと皆に色々と聞いて助け合って欲しかったかな。社長は君を気に入ってたんだけどね〜。』

…は?としか言いようが無い。
こうして私は有能すぎたが故に蹴られた。

つまりはこうだ。
障害者は障害者らしく惨めに何の生産性も無い作業をやるしか無いのだ。

普通の職場に行けばいいじゃん?と思うであろう。
私の場合は二十歳前後までの人生が終わってる。つまりは学が無い。
入れる所なんぞたかが知れてる。

結局、日本は学歴社会なのだ。
人間として有能であれど学が無ければ何も出来ない。
それに加えて障害者となれば作業所でままごとをする以外に選択肢が無い。
障害者雇用も考え調べては見たが結局は作業所と大差が無いと思った。

故に私は引きこもってる。
好きで引きこもってる訳でもないし私が悪い訳でもない。
生まれと世界が悪いからだ。

(´'ω')b