見出し画像

ゲーム『Death Stranding』から学ぶ「社会的ネットワーク」

この記事では,ゲームにある社会科学の概念を学んでいきます.ぜひ,ゲームをプレイしてこのノートを読み,学術的背景に目を凝らしながら楽しんでください.


ゲーム『Death Stranding』

今回取り上げるゲームは『Death Stranding(デス・ストランディング)』です.

小島秀夫監督作品でコナミ独立後,待望の初作品である『Death Stranding』は,人を取り込むと大爆発を起こす怪物「BT」が跋扈し,触れたものの時間を奪う「時雨(ときう)」が降る,荒廃したアメリカが舞台です.

多くの人はシェルターにこもり分断されてしまった中,主人公であるサム・“ポーター”・ブリッジズ(演:ノーマン・リーダス)が配達人として荷物を人から人へと届けながら,分断されたアメリカの再建を目指すのがこのゲームのメインの部分になります.

このゲームの魅力はきれいな景色にマッチした音楽,ノーマン・リーダス,マッツ・ミケルセン,レア・セドゥをはじめとする豪華出演陣などたくさんあります.個人的には,いかに安全に配達するか,配達ルートを開拓していくのがとても面白かったですね.

分断された人々と荷物配送がつなぐネットワーク

この世界は端的に言えば「うかつに外に出れない世界」です.外に出ると,運がよくて「曇り」で何もありませんが,大体「時雨(ときう)」が降っているので浴びると急速に歳をとってしまうか,BTに取り込まれてあたりもろとも吹き飛ばしてしまうかのどちらかです.

そんな世界だからこそ,人々はこもります.ある人は大規模シェルターにこもり,一部の人々は個人的なシェルターにこもっています.主人公のサムの目的の一つは「通信網の整備」ですが,サムが整備するまでは通信もままなりません.要するに「外部のこともわからずこもること」を強いられます.

そのような環境下に対して,人々はさまざまな適応をします.それまでの生業をこもっていても続けていたり,人に対して不信感を抱いていたり,怪物が跋扈した際に恋人と別れてきた人に八つ当たりをしたり…… 人々は過去にこだわり,先行きのない未来に希望を見いだせずにいます.

そんな中に,サムは荷物を運ぶ配達員として飛び込み,さまざまな荷物を運びます.サムは小さい荷物から壊れやすいもの,大きいものから人まで,さまざまなものを運びます.

荷物を運ぶことで,そこに込められた思いも届けられます.死んだと思った恋人に出会えたり,自己開示をしたり,そこにはドラマがあります.それは,今までアクセスできなかった情報にアクセスできることで,新たな希望(アメリカの再建)に同調していきます.

社会的ネットワークの影響

私たちは多かれ少なかれ,人とのつながりがあります.「つながり」というのは少しあいまいな言葉ですね.いずれにせよ,さしあたり直接会って会話するなど,何かしらのやり取りをしていることを指すことにしましょう.

何かしらの基準に従ってつながりをまとめたものをネットワークと呼びます.人との間で,社会的な行為によって構成されたネットワークを特に社会的ネットワークと呼んだりします.

ふだん,私たちは社会的ネットワークの中にいます.しかし,それがまったくなくなった世界と比較することで,改めてその影響を感じることができます.その一つが規範の共有という側面です.

「肥満」が伝染する理由

まずは,こちらのビデオを見ていただきましょう.2分50秒あたりの図をご覧ください.

これは,クリスタキスとファウラーによる研究で一つの地域コミュニティを長期的に追跡して,そのつながり(知人関係)とBMIのダイナミクス(時系列的変化)を示したものです.

この研究が示唆している傾向は「太った人が親友だと,自分も太る」ということです.ここだけを切り取ると,肥満が伝染しているのではないか? という一見荒唐無稽な仮説が考えられます.もちろん,脂肪が伝染するわけはありません.伝染しているのは,別のものです.それは情報です.

たとえば,あなたは少し小食だったとして,2人の太った親友と中華料理屋に食事に行ったとしましょう.太った人は相対的に大きな量を食べる傾向があります.あなたにお構いなしに太った親友たちは,次々注文をしてしまいます.餃子,シュウマイ,エビチリ,酢豚,チャーハンに北京ダックまで,彼らはがつがつと食べます.親友らの勢いに押されて,普段以上にあなたも食が進んでしまいます.このような事態は,実際の実験でも確認されています.

ここには何が起きているのでしょうか? ここに起きていることの一つは,食事量の基準の共有と変容です.目の前の友人はたくさん食べています.自分は普段は少ないのですが「たくさん食べてるなぁ」と自然と食べる量を寄せていきます.このように,食事量の基準がおのずと調整され,(半ば気づかないうちに)変わっていきます.社会学では,行動の基準を規範と呼んだりします.つまり,肥満の伝染は脂肪が移っているのではなく,規範が渡っているのです.

流れがよどむとき:孤立の影響と先鋭化

では,社会的ネットワークが寸断されてしまったらどうなるでしょうか? 社会的ネットワークが担っていた「情報の流通」がストップします.すると何が起こるか.ここでは2点紹介しましょう.

1) メンタルヘルスの悪化
予測しやすいことだと思いますが,孤立はメンタルヘルスを悪化させます(実は身体的疾患のリスクを上げる可能性も示唆されています).ゲーム中では,山の上で一人で孤立して生活しているお年寄りがアメリカ再建には反対で,病気も患っていました(ちなみに,彼に届けるものの中には睡眠薬もあります).ネットワークは情報を運びますが,そこには必然的にコミュニケーションが伴います.このコミュニケーションがメンタルヘルスを改善させる要因の一つです.

現実でも,イギリスでは孤独問題担当国務大臣が設置されました

この目的の一つは,老若男女問わずメンタルヘルスの影響を受けるからです.配偶者に先立たれたお年寄りや,友人をうまく作れない若者など,さまざまな人が孤立によってリスクを背負うことになります.これを緩和するのがこの大臣の目的です.

2) 考えや行動の先鋭化・攻撃性の強化
イギリスが孤独担当相を作ったもう一つの目的は,考え・行動の先鋭化を防ぐためです.先ほどの規範の共有の流れで少し説明しましょう(下の記事は心理学の観点からの説明ですので,参考までに).

ネットワークとは情報を流す川のようなものととらえることができます(川のように一方向ではありませんが).その川には社会の規範(「こうしたほうがよさそう」)が流れます.しかし,その川がせき止められるとよどみますね.つまり,自分が考える「こうあるべき」が自分の頭の中でずーっとぐるぐるすることになります.そうすると,徐々に考えが先鋭化していきます.コミュニケーションによる調整機能を失ったためです.孤立はこのようにして,人の考え・行動を先鋭化させます.

一時期,ヨーロッパでは貧困や人種の問題で孤立した若者が,イスラム国に参加してしまうことが問題視されました.孤立した若者には先鋭化する下地があったため,一度感化されるとそのまま妄信的になるリスクがあるのです.

社会的ネットワークの中で生きる

繰り返しになりますが,私たちは社会的ネットワークの中で生きています.この影響は,だいたい目に見えない形で私たちに影響を与えます.今回は規範の共有という側面から社会的ネットワークを眺めました.ゲームでは,アメリカ再建という考えがサムを通じて流れていきました.これも一つの「規範の共有」といえるでしょう.

今回の話は以下のテキストの一部を参照しています.より深く学びたい場合にはぜひ読んでみてください.