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シビックテックと共創

これは何?

ぎょうせいが発行する「これからの地方自治を創る実務情報誌」月刊ガバナンスの2023年4月号に寄稿した文章です。特集テーマ「共創で地域力を高める」で各種論考がまとめられています。
掲載文章はそちらでご覧いただくとして、文字数の制限で見出しを最小限にしたことや、取り上げたかったことがすべて入らなかったこともあり、草稿をこちらで再現します。引用などをする場合は、発行されたものを使ってください。
刊行バージョンでは文章を落としましたが、「各種調べたいとなったときには自分で調べてね」としていますので(もしこれを見つける人がいるとしたときを考えて)、リンク集としても使うかもなということを想定しています。
2021年に書いた「シビックテックの展望」論文のエッセンスになっている部分もあり、続編部分もあります。それから2年近く経っての振り返りに個人的にもなりました。伝えたかったのは、この数年で結構この界隈はきちんと進んでいるよということや、「仲間」とざっくり書きましたが(本文ではそういう括りやめろよな、と趣旨で書いているんだけども)、具体的な顔がいくつも思い浮かびつつ書いたのでそうした向きが反映されていること、そして「でもね、今のままじゃあダメっすよ」ということあたりです。

はじめに

本稿は、「シビックテック(CivicTech:CivicとTechlonogyをかけあわせた造語)」をキーワードに、テクノロジーを活用しながらさまざまな人たちとの連携を通じた地域課題解決を行う共創について説明(※1)するものである。

(※1)より詳細には、「シビックテックの展望〜人・地域・デジタルが結ぶ新たな共創の形へ〜」(『エストレーラ』2021年6月号、統計情報研究開発センター)において紹介している。また、本誌2021年9月号の関治之「シビックテックで加速する自治体イノベーション」も参照。

シビックテック“と”共創となっているが、両者は本来概ね重なっている。その中で「シビックテック」という言葉を用いることで、「共創」という言葉が持つ多様な意味合いを説明しようとするヒューリスティック(問題発見的)なものだと捉えていただければと思う。

なお、字数の制約から注釈は最低限のものにとどめた。検索すれば出てくると思うので気になった事例等はご自身で確認していただければ幸いである。

コロナ禍におけるシビックテック

台湾において、マスクの在庫をリアルタイムで把握できるシステムを構築し、マスクが市民にスムーズに行き渡ったという話はつとに知られている。それを可能にしたのは、市民エンジニアと政府が一緒になって迅速に課題解決に取り組んだ点にあり、その背景も含めて市民と行政の共創である「シビックテック」の事例として紹介される。

コロナ禍でのシビックテック事例

そして、日本国内においても、このような事例を求めることができる。

新型コロナウイルス感染症の状況をWebページを用いてデータでわかりやすくかつタイムリーに提供した「東京都新型コロナウイルス感染症対策サイト」や、飲食店のテイクアウトの形態が進む中で、店舗情報の提供を通じて外出自粛の中で飲食店の食事を楽しみながら事業者への支援にもつながる「テイクアウトマップ」の作成など、様々な取り組みが行われた(図1)。

(図1)東京都新型コロナウイルス感染症対策サイトとテイクアウトマップ(千葉県流山市)

コロナ禍は、すべての人々にあまねく影響を及ぼすのみならず、状況が刻々と変わり、市民・事業者やサービス利用者(ユーザー)が求めるニーズを的確につかむ必要があった。

それにも関わらず、行政だけで的確なサービスを手がけることが困難であった事態が次々に発生し、行政サービスに依存せざるを得ない人々が一層困難な状況に追い込まれることになった。そうした際に、さまざまな立場の人たち、とりわけ当事者とも言える人たちが参画してWebサービスを中心に開発されたモノや、取り組み(コト)が同時多発的に生まれたこと、これがシビックテックそのものである。

シビックとテクノロジーの意味

つまり、シビックテックの「シビック」には、「必要なモノやコトをそれに関心があるみんなで考えて、一緒に作りだすこと」が含意されている。そして作り出したものを行政も含めたみんなで改善していく活動であって、共創そのものであると言えよう。

また、「テクノロジー」には、そこで用いられる技術そのものや技術が共創を生み出す力を活用する意味が込められている。

東京都サイトの例で言えば、サイトのプログラムをオープンソースとして公開した結果、全国80以上で同様のサイトが速やかに開設され、各地の感染状況を各地の人たちが把握できるようになった。

そして、サイトの改善提案が数多く寄せられるとともに、データを公開する際の仕様を総務省がシビックテックと連携して策定したことなど、技術が共創を生み出す推進力になっていることもシビックテックの狙いである。

さらに、とりわけ学生エンジニアが各地で活躍した事実を忘れる訳にはいかないだろう。オンラインで活動することが当たり前になったことがコロナ禍の奇貨であったとすれば、地元を離れて生活する学生が地元に貢献することができることをコロナ禍が示した。若者の流出は自治体には課題と捉えられることが多いが、こうしたこともシビックテックが示す課題解決の方向性である。

シビックテックの位置づけ

日本におけるシビックテックは、2011年東日本大震災において、ITエンジニア等のボランティア活動により、支援情報をWebで地図上に取りまとめてわかりやすく提供したことが嚆矢とされる。その後全国各地でそうした活動を立ち上げようとする動きになり、2013年にはシビックテック団体が各地に誕生し、現在では90以上に至っている。

2016年に制定された官民データ活用推進基本法(以下、「基本法」)に基づく「官民データ活用推進計画」の中に、シビックテックという用語と活動内容を記載した自治体を各地で確認することができる。

また、シビックテックという言葉を用いなくとも、とりわけスマートシティの文脈で「官民連携」や「市民との協働」という言葉の中にシビックテックの意味合いを持たせているケースもある。

そこで、シビックテック(と共創)の位置づけを、自治体・市民の2つの切り口から見てみよう。

自治体オープンデータの取り組み

シビックテックが活動の初期から取り組んできたことが、オープンデータである。それは、基本法においてオープンデータが自治体に義務付けられたことにつながっている。

すべての自治体が2020年度末までにオープンデータに取り組むことを政府目標とした中で、2023年3月1日時点で都道府県・人口20万人以上の中規模都市の市はすべて公開済みとなり、団体数としての達成率は79%である。目標達成とはならなかったが、ムーブメントとしてのオープンデータは定着したと言えそうである。

その中では、公開をしただけにとどまる自治体がある一方で、職員の地道な取り組みが面的に広がっていくシビックテック的な状況も生まれるようになってきた。

東日本大震災によってシビックテックが各地で生まれたのと同様に、自治体において整備すべきデジタル公共インフラとしてオープンデータを位置づける動きが見られた。例えば、静岡県では「VIRTUAL SHIZUOKA構想」として、県内全域の点群データを取得してオープンデータ化を進めてきた。現在「デジタルツイン」という言葉が言われるようになっているが、その先駆けでもある。

その成果が端的に示されたのが、2021年7月の熱海市伊豆山土石流災害発生時に、産学官の有志が発災後直ちに連携して災害復旧のための速やかな情報把握に用いたことであろう。

こうした取り組みは、今後も自治体の基幹的な業務として取り組まれるとともに、シビックテックとしての共創が数多く生まれていくことが期待される(※2)。まだそうではないという自治体は、デジタル庁(*3)が取りまとめた研修資料や、新たに創設したオープンデータサポート団体制度・ワークショップカタログを最初の一歩として利用してみてほしい。

(※2)前後して航空レーザー測量データのオープンデータ化が相次いでいる(例えば、長野県岐阜県兵庫県広島県鳥取県長崎県)は偶然ではなく、オープンバイデフォルトの考え方が浸透してきたことの現れであろう。
(*3)デジタル庁ホームページ https://www.digital.go.jp/resources/open_data/

市民参加の取り組み

市民参加のためのデジタルプラットフォームが、現在日本で急速に導入が進められている。日本発のものも数多くあるが、スペイン・バルセロナで開発されたDecidim(デシディム)といったオープンソースのものも用いられている点に特徴がある。

日本では、デジタル社会におけるまちづくりとして「スマートシティ」が位置づけられ、そこでの市民参加を実現するものとして、デジタルプラットフォームの活用が志向されている。また、審議会やパフリックコメント(パブコメ)をはじめとするこれまでの市民参加手続きの形骸化の懸念から、デジタル化によって課題解決ができないかという問題意識が、とりわけ自治体に多い。

これは、決して今に始まったものではなく、インターネットが社会に普及してきたころからこれまでの市民電子会議室や地域SNSでの蓄積されてきたことでもある。コロナ禍で再びデジタルプラットフォームが着目されているのであろう。

その際、行政によるものだけでなく民間主体での取り組みも多いことも、日本の特徴である。地域の課題解決のキープレーヤーとして民間が主体となり、当該地域の住民やいわゆる関係人口の参加によってプロジェクトを推進する動きが見られる。これは、デジタルが加速したというよりも、これまで地方創生などにおいて官民連携が定着したことが原動力にあると言えよう。

シビックテックの可能性

「シビックテックは青年期に入った」

2020年に出版され、邦訳が2022年に出た『シビックテックをはじめよう』という本がある。シビックテック発祥・発展地の1つであるアメリカにおいて、著者は「シビックテックは、50年プロジェクトであり、現在は青年期に入ったと言える」と記している。

起点を2008年に取り、10年あまりで達成したことを振り返りつつも、「しかし、まだまだやるべきことはたくさんある」とする彼らに対して、その少し後を追いかける我々は何をこれから成し遂げていくことができるだろうか?そのヒントを、同著が示すシビックテックの2つの役割からまとめておこう。

可能なことを示す(showing what’s possible)

東京都のコロナ対策サイトのようなWebを用いた課題解決を、速やかに作り世の中に提示すること。これがシビックテックの画期的な点として評価されていることであろう。

これを支える共創の本質は、官民の人材交流である。自治体職員が民間側で活躍をし、新たな官の立場にキャリアチェンジをするといった現象も見られてきたところである。例えば、デジタル庁に多くの民間人材が集まり、その中にはシビックテックで行動をともにしてきた仲間が数多く参加している。自治体においても、デジタル人材として各地でシビックテックのメンバーが自分の地域やそれまで縁のなかった地域で活躍している。

このような様々な交流が触媒となって、シビックテックが次の大きな変化を生み出すことが予測される。

必要なことを行う(doing what’s necessary)

シビックテックが果たしうることを示した後には、それが継続して生み出される文化を作る必要がある。

コロナ禍では、これまで作り上げてきた業務フローやセキュリティ、調達・人事制度やプロジェクト運営、予算など、こうした諸制度の背景にある慣習や情報システムにとどまらない仕組みの転換の必要性が、まさにコロナ禍で問われた訳である。

ここから引き出すべき教訓は、デジタル化を手段として効率的に仕事を進めるだけでなく、そうした今後数多く出てくるであろう技術を用いた新たな課題への対処や、技術の民主化・成熟・進展といったサイクルが相まって生み出される価値観を活かす必要があるということである。

そのためには、そうしたこれまでの慣習から一種逸脱するものを受容するマインドセットや、それを取り込むために磨いていくスキルセット、これらを可能にするインフラとしての制度の変革を続けることが求められる。これらが必要なこととして行うべきことであろう。

例えば、東京都ではコロナ対策サイトの経験を踏まえ、行政のQOS(クオリティ・オブ・サービス)を高めるものとしてシビックテックとオープンソースを位置づけるようになった。そして、それを仕組み化するべく「オープン・ソース・ソフトウェア公開ガイドライン」の策定や、都内自治体とともに地域課題解決に向けたサービス開発を行い、その成果をオープンソースとして公開する事業を始めている。

自治体が推進しようとするデジタル・トランスフォーメーションが目指すべき方向と重なっており、先に述べたように各種計画にシビックテックが盛り込まれていることと軌を一にしている。

共創という文化

コロナ対策サイトのケースにおいて、全国各地で市民がサイトを作るものを、自治体がデータを提供して公認化するケースがあった一方で、そうは至らないケースもあった。シビックテックができたこと・できなかったこと、この差をいかに考えるかがシビックテックあるいは共創を考えるポイントである。

それは、シビックテックや共創が手段になりがちであるという点である。シビックテックのいくつかある定義の中の「市民が活用するテクノロジー」の意味であれば、手段であると言えそうだが、それがどのようにして生まれるのかを考えれば、必ずしも手段だけでないことに気がつくだろう。

「手段か目的か」の言葉遊び

こうした手段化をするマインドセットは根深いものがある。

「デジタルは手段でしかなく、目的が大切である」という物言いをした上で、その目的を手段化してしまうような言葉遊びがそこかしこで見られはしないだろうか。我々は様々なバックグラウンドや事情を持つ多様な人格であって、それを「市民」や「自治体職員」などと安易にラベル化することで手段化してはいないだろうか。

デジタルを節約の選択肢と考えない

また、2022年9月に公表された市民参加プロセスのためのOECDガイドラインが指摘していることの1つに、「デジタルを節約の選択肢と考えない」というものがある。市民参加とデジタルが結びつくことで、「より多くの声を集めることができる(そしてそれが効率的である)」という考えを持つとすれば、それはあまりにも一面的である。

そもそもデジタルプラットフォームを用いることと、多くの声が集まることは直接的には接続しない。OECDガイドラインで整理されたとおり、デジタルツールの選択の前に、プロセス設計が肝であり、期待される成果を特定し、それに関係する参加者を特定して募集した中で、適切な参加方法を検討する必要がある(表1)。

(表1)市民参加プロセスのためのOECDガイドラインのポイント(筆者作成)

自治体において、こうしたプロセス設計が疎かであるがゆえに、期待通りの成果をあげられないプラットフォームもある(*3)。

(*3)これはデジタルプラットフォームのみに該当することではない。

市民参加のためのデジタルプラットフォームが現在もたらしていることは、その可能性だけではなく、「手段を用意しても目的にたどり着けない」というシンプルな事実でもある。これまでも繰り返されてきた面もある市民参加における課題を、改めて自治体・市民双方に突きつけているとも言える。

シビックテックが果たす役割

シビックテックは本来楽しいものであり、各々が楽しくやるものだ。しかし、それだけでない決して生易しいものではなくここには「銀の弾丸」などない。各地で行われている地道だが必要なことを行う取り組みとそこで活躍する一人ひとりを認め合うこと。そして、これまで寄せられなかった小さな声を大きくする(*4)、そうしたプロセスを推進することで、より良い解決策を共創することができる。このような共創の文化を育むシビックテックの果たす役割が、そこにある。

(*4)「Decidimは拡声器である」とは、Decidimを生み出したバルセロナ関係者から繰り返し語られ、フィロソフィーを感じさせる言葉である。





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