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美味しい
通勤途上に観光バスが止まってて、前で外国人たちが談笑してた。
男ばかりなので聞きやすい。
「どっから来たの?」と投げようとした矢先、めちぇくちゃ濃い匂いが攻めてきた。彼らがつけているボディミストだか何かだ。
これで声がけ、やめた。
瞬間、ブレーキかかった。ブレーキの理由、うまく説明できない。
中学のとき、おませな友人が同級生の女子誘って映画行った。
気になるから翌日「どうだった?」聞いたら「うーーーーん・・・・」
「映画面白くなかったの?」
「いや、面白かった・・・けど・・・」
「何?」
「うーん」
「◯◯ちゃんと、楽しかったでしょ」
「それが・・・」
「何かあった?」
「いや、なんもない。なんもないんやけど、映画のあと、すぐバイバイしてん」
「何か急な用事でも?」
「違うねん」
「じゃ、何?」
「においが・・・」
どうやら彼女のにおいが彼のブレーキになったらしい。どんなにおいだったのかわからないけど、でも、うまく説明できないようだったので、話はそこで終わった。不思議な話だなあと思ったので今まで覚えてる。
でも、わかった。
「味覚と嗅覚は言語中枢とはつながってない」
と昨日、学んだ。
医学者・解剖学者・養老孟司先生が教えてくださった(本で)。
言語中枢って何だ? とChatGPTに聞いてみた。
言語中枢(Wernicke's area)は、脳の特定の領域のことを指します。これは通常、左脳半球の一部に位置し、主に言語理解と言語処理に関与しています。言語中枢は言語の聴覚情報を理解し、言語の意味を形成する役割を果たします。この領域の障害や損傷は、言語理解や言語表現に関連する障害を引き起こす可能性があります。したがって、言語中枢は言語能力に不可欠な部分です。
つまり、味とにおいは言語化不可能なのである。
中学時代の友人の映画デートがうまくいかず、でもちゃんと説明できなかったのはこれが原因だ。
ユン食堂という大好きなバラエティ番組がある。
いまやアカデミー女優のユン・ヨジュン、イ・ソジン、チョン・ユミ(『新感染 ファイナル・エクスプレス』、『82年生まれ、キム・ヨジュン』)、そして『梨泰院クラス』パク・ソジュンがリゾート地 スペイン・テネリフェ島で開店する。
これが2号店。
1号店はインドネシアのどっかの島で、まあ、言ってみれば「海の家」的なお店だった。
海の家の時に一番売れたのが、ラーメン。インスタントの辛ラーメンを出すだけなのだが、これがヨーロッパ人初め、みんなに好評だった。
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つまり、辛ラーメンはユニバーサル、万国共通に「美味しい」のだ。
しかし今回のスペインでは、店構えが違う。しっかりしたお店で、向かいは意識高い系のレストラン。ちゃんとした料理を出さなければ、出店した甲斐がない。ラーメンはNGとした。
辛ラーメンは文字通り辛い。韓国語で「맵다(メプタ)」と言う。これは、唐辛子などの辛味成分によって刺激された舌の感覚を表す言葉だ。
ただ、同じ「辛い」でも、しょっぱい辛さもある。
舞台のテネリフェ島では「塩辛い」がメインになる。人々が好む。
なぜ好むのかは説明できない。海の近くだから、とか、いくらでも説明できるが、それは後付けに過ぎない。つまり、味覚と言語中枢はつながってないから、説明のしようがないのだ。
「美味しさ」を試行錯誤しながら、やがてユン食堂は繁盛し始める。
これも、言語化できないゆえの、試行錯誤。
聴覚は言語化できる。だから音を楽譜に書くことができる。
作曲することを「曲を書く」と表現するように。GとかAとか和音をコードとして記録できる。
「美味しい」と敢えて言葉をあてはめているけど、それは人それぞれ違うんだろうなあ。
若い夫婦二人とトイプードル「ミーちゃん」の生活。
丁寧に、ていねいにごはんを作る。
美味しいね、と笑顔交わしながら、いただく。
ただ、それだけ。
ご主人が帰宅すると、トイプードルのミーちゃんがくるくる回って歓迎する。可愛くて仕方ない。
このチャンネル、まだ「企業案件」がないので、画面が爽やかだ。
面白いことに、「案件」が混ざり始めると、画面が濁る。
各家庭ごとに「美味しい」が生まれる。それが当然なんだろうね。
なぜなら、「美味しい」は、「作ってくれた人とその時間と空間を共有できる幸せ」をも表す言語表現なのだから。