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《バーバラ・ハマー初期作品集》

《Day Critique》142

アカデミー・フィルム・アーカイブ映画コレクション
《バーバラ・ハマー初期作品集》
@国立映画アーカイブ

 映画監督として初めてレズビアンであることを公言し、フェミニズム映画を撮り続けたバーバラ・ハマーの初期作品を上映。70年代前半から80年代前半までに撮られた6本の短編が並ぶ。

 いずれもハマーの仲間の日常やレズビアンのイベントを記録したドキュメンタリーだが、スローモーションの多用やBGMの大胆な挿入、ときに多重露光なども駆使した映像は、白昼夢のように無時間的なイメージとなっている。同じように作家の身辺にカメラを向けたジョナス・メカスの日記映画が、ブレやボケといった撮影行為のリアリズムを前景化させることによって「それはかつてあった」=今はもう失われたものであるという強烈なノスタルジーをかきたてるのとはずいぶん違う。ハマーの映画は、目の前を流れていく映像がいつのものであってもいいような現代性を保ちつつ、それが誰のものでもあるような個々人の意識への浸透力をはらんでいる。

 しかし我々はハマーの最初期の作品『シスターズ!』(73年)の冒頭に置かれたナレーションに目を留める必要がある。そこでは、「彼女は同性をパートナーに選んだ」「それはあなたではないので安心してほしい」という言葉が、ハマーの友人のヴァギナ越しに語られる。ここで「彼女」に選ばれなくて「安心」するのは誰か。広義にはレズビアン以外のすべての人間であり、狭い意味ではレズビアンを差別する男性だろう。ハマーのすべての映画は、性的少数者に無理解な男にこそ向けられている。そして性器、経血、ヌードといったむきだしの素材にカメラを向けることで表現されているのは、レズビアンの精神生活とその美である。つまり彼女の映画は、レズビアンを拒絶し差別する男に向けた、レズビアン側からのセルフイントロダクションなのだ。

 それだけに、ラストにおかれた『オーディエンス』(82年)の一幕は悲しい。ハマーは、自作の特集上映に合わせて行った観客との討論会で、その会から男性を排除した理由を問われ「女性だけの方が話しやすいという女性もいるから」とやや歯切れ悪く答える。これに対し、男性にこそ見てもらうべきだ、と冷静に意見する観客もいれば、男は上映からも排除すべき、と勇ましく声を上げる者もいる。観客にマイクを向けた本作のみ、他と違ってストレートな記録映画になっているが、こうした意見の端々から当時のレズビアンや同性愛者への偏見が今よりも激越だっただろうことがうかがえる。と同時に、今同じ討論会をやっても、ハマーと同じ判断をすることが賢明と言わざるを得ないと、遺憾ながら思うのだった。

<上映作品>
『シスターズ!』(1973)
『月経』(1974)
『ジェーン・ブラッケージ』(1974)
『スーパーダイク』(1975)
『ダブル・ストレングス』(1978)
『オーディエンス』(1982)

(2023年1月11日記)

※トップ画像は国立映画アーカイブの公式HPより転載

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