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ホー・ウィディン『青春弑恋』 / パリ・オペラ座バレエ・シネマ「プレイ」

《Day Critique》161

ホー・ウィディン
『青春弑恋』
(2021年/台湾)

 エドワード・ヤンの『恐怖分子』と同じ『Terrorizers』という英題が冠された台湾映画。確かに複数の登場人物の運命が交差するプロットや、白昼夢的犯罪といった要素が共通しているし、少女がいたずら電話をかけるシーンなども明らかに『恐怖分子』へのオマージュだろう。が、本作の語り口はかなりサスペンスに振り切っている。

 ストーリーは、ゲーム好きの青年が通り魔事件を起こすに至った過程を、時間軸と視点を行き来しながら描く。ここでは暴力的なゲームやコスプレ文化、リベンジポルノといった現代的なトピックがいくつも提示される。しかし重要なのは、この映画の登場人物たちの多くが仮想的な世界に半身を置いているということだ。VRゴーグルをかけて暴力的なゲームに没頭する青年はもちろん、仮名でインターネットポルノに出演していた女、アニメのキャラになりきるコスプレイヤーの女子高生、舞台で『かもめ』のニーナを演じるヒロインなど、彼らはみな仮想的な世界に身を置きつつ寂しい現実を生きている。唯一、元船乗りでコックの男だけが、仮想的な世界を持たず現代の風俗にも染まらず、ヒロインを救う役割を与えられている。彼は洋上という閉鎖された場所から現代に帰還した浦島太郎だ。

 前述のようにこの映画は時間軸と視点を行き来するというややこしい構造を持っているにも関わらず、まったく観客を混乱させることがない。スムーズで破綻のない語り口は監督の高い技量を証明している。確かにエドワード・ヤンの天才的な演出アイデアやソリッドな画と比べると物足りないが、伊東蒼に似た個性的な顔のヒロインや、濱口竜介作品の石田法嗣のような目をした美しい青年らを魅力的に撮ることで、画面の吸引力を持続させている。コスプレイヤーの女子高生もどこかで見たことがあると思っていたら、川島小鳥の『明星』のメインモデルを務めていた子で、なんと映画の撮影時は30歳だったそう。彼女が片言で発する「おまたせ」という日本語や、牛角の看板など、日本カルチャーがそこここに見られるのもちょっと面白い。演出的に明らかにJホラーの影響を感じさせる恐怖表現もあり、日本のうまい若手監督にもこういう芸術性とエンタメ性を兼ね備えたような作品を撮ってもらいたいと思った。

(2023年4月11日記)


《Day Critique》162

パリ・オペラ座バレエ・シネマ
「プレイ」

 2017年に行われたパリ・オペラ座バレエ団の公演を記録した作品。舞台の記録映像でありながら多数のカメラの視点と巧みな編集によって、独立した映像作品としても楽しめる内容になっている。

 オペラ座バレエはこの他にもピナ・バウシュの『コンタクトホーフ』などいわゆる演劇的な作品に挑戦しているが、今作はスウェーデンのコンテンポラリー・ダンスの振付家アレクサンダー・エクマンとのコラボレーションによるもの。全編に渡ってバレエのイディオムにとらわれない独創的な動きや視覚効果、音響が試みられている。教室における教師と生徒の対立をアレゴリーとして、タイトルの通りさまざまな〝プレイ(遊び)〟を描く。

 舞台上に登場するのは、グレーのスーツ姿の教師風の女と、真っ白な服を着た生徒たち、そして後から現れる鮮やかなオレンジのニットを着た青年。この青年はさまざまな手を使って生徒たちに遊びの面白さを伝えていく。たとえばつま先立ちをした少女の脚の動きに合わせてダイナミックマイクを床に打ち付けたり、高いところから飛び降りるといった遊びが、そのまま観客に新鮮なイメージとなって提示される。

 ハイライトは舞台上方から緑のボールが大量に降ってくるシーンだ。約6万個のプラスチックボールは、舞台上を埋め尽くして緑の湖のように変貌させる。この一連のシーンに魅力を与えているのは、バレエダンサーたちの身体を呑み込むカオスな状況である。徹底的にバレエの様式を叩き込まれ、美しく造形されたオペラ座バレエ団のダンサーの肉体は、いわば規律化された身体だ。いかなる振り付けを施しても、いやあらゆる振り付けを剥ぎ取ったとしても、彼らの身体はバレエダンサーのそれであることをやめないだろう。しかし6万個のボールの海をかき分け進むとき、彼らの強靭な肉体はカオスとあらがい、戯れ、作品の中に生き生きとした瞬間を到来させる。これは規律化された身体とカオスの止揚であり、伝統的な振り付けと現代的な状況設定という演出が生み出す激しいスパークだ。こういう作品をより楽しむために、古典的なバレエをもっと見たいと思った。

(2023年4月12日記)

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