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好きも、嫌いも、連絡しても


いつかは終わりが来る。
そんなこと、誰しもがわかっているはずだ。
それでも、僕たちは、終わりが来ないかのように、終わりに気が付かないふりをして笑っている。喜んでいる。苦しんでいる。
誰かを好きになることは容易い。一目惚れとか、目で追っていたとか、情が湧いたとか。
誰かに好きと言って。誰かに好きだと言われて。あぁ、わたしも好きかもなんて言って。付き合って、別れる。
キスから始まることもあれば、セックスをしても始まらないこともある。
身体の隅々まで知っているのに、心の内は何ひとつ見えなくて、ふと目があっては気まずそうに俯く。
或いは、から元気で耐えてみたり、部屋の隅でうずくまったり。
泡沫に消えゆく関係性に揺り動かされる。もういやだ、ほんとは会いたい、連絡しないで、どうしようもなく好き。
どれもが嘘で、どれもが本当で、わけがわからなくなっては鮮明に蘇る、引いては寄せる波打ち際にただ立ち尽くして生きている。どうしようもなく生きている。
嫌いも好きも、素直な感情。
学生時代の恋愛も、大人になってからの恋愛も、その時の僕たちにとっては本物だった。
恋愛ってのがなんなのかわからないまま、僕たちは誰かを本気で好きになる。何を食べても美味しくて、何を見ても綺麗で、何を聴いても共感して。
ふと流れた音楽が思い出の曲だったとか、すれ違った人の匂いに覚えがあるとか、ここ一緒に来たことあるなとか、確かあの夜に観た映画だとか。
嘘みたいなあの頃の恋愛も、退屈かもしれない今の恋愛も、点滅する記憶も、どれもが本物。
どんなに本気で好きになったとしても、終わりが来る時はあっけない。
そこにあった時は掴もうとしなかったのに、背を向けられたら手を伸ばす。
本気で落ち込んだり、或いは、捨てられた自分に酔ってみたり。
振ったのに泣いたり、振られたのに泣けなかったり。
ずっと忘れられないかもしれないし、また他の人を本気で好きになるかもしれない。「この人じゃなきゃ」なんて思ってたのに、今は他の人を「この人じゃなきゃ」って思ってる。
そんな二人が世界には溢れている。二人になれなかった一人が溢れている。
くっついたり離れたりすることよりも、もっと難しいことがある。
続けること。
何もわからないまま一緒になった二人が、変わったり、変わらなかったりして、続けること。
なにを愛と呼ぶか。
その基準の均衡を保っていくほかないだろう。

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