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壁際の花、ベランダから見た星座


女の子に花の名前を教えられた男の子は、その名前を忘れられない。

カスミソウ、マーガレット。
教えてくれた花の名前はいくつか覚えている。
でも、いくつかは忘れてしまった。
忘れてしまったことが悲しいわけではなくて、覚えていられなかったことが悲しい。
そのうち、忘れてしまったことさえも忘れてしまうことが寂しい。

僕が贈った花々の名前は、なんだったか。
青色のマーガレットを一輪、贈った気がする。
あれは何年前だったか。二年前か、三年前か。
本当にマーガレットなのかさえ忘れてしまった。

カスミソウが好きだった。
もっと、花の話をすればよかった。もっと、花の名前を覚えておけばよかった。
ベージュ色のラックの上に飾っていた、あの花の名前はなんだったろう。
白や黄や緑の花々が彩っていたあの空間を、僕は何回眺めただろう。



花を眺めることより、星を眺めることが多かった。
僕は月が好きで、月みたいになりたかった。
月を仰げば、星も見える。
夜空で小さな穴のようにチカチカ光る星々は、何度、僕らを繋いでくれただろう。
夜の至るところに、夜を仰いだあの瞬間が散らばっている。

アイスを食べながら。
音楽を聴きながら。
歯磨きをしながら。
ホットココアを飲みながら。
煙草を喫いながら。
散歩をしながら。

ベランダで。
玄関先で。
駐車場で。
コンビニで。
川の畔で。
道端で。
公園で。

星や月の写真を、何度送っただろう。
満月、二日月、繊月。夜の帳に引っかかった月を見て、色んなことを話した。

月や星を名前を、いくつか教えたことがある。
それほど詳しいわけではなかったけれど、数えられるほどの名前を贈った。
上弦と下弦の違いも教えた。

教えてくれた花の名前よりも、教えた星座の名前を覚えている。

相手が好きなものを好きになれなくたって、興味を持つことだってできたはずだった。


あれは、カシオペアっていうんだよ。


その名前を、彼女がまだ憶えていたら。



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