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チェロと管弦楽のための「アルペジオーネ協奏曲」

 シューベルトの「アルペジォーネ・ソナタ」と言えば、チェロ奏者たちのレパートリーの定番だ。私もかつて、ブリテンの名伴奏によるロストロのレコードを、何度も、何度も聴き、よせばいいいいいのに、時にはコントラバスでチャレンジしたものだ。
 しかしこの名曲を、カサドがチェロと管弦楽のための協奏曲に編曲した版があることを知っている人は、現在案外少ないのではないか。実はこれが、なかなかの聴き物なのだ。
 ガスパール・カサド (1897〜1966 ) は、チェロの神様・カザルスと同じスペイン出身の名チェロ奏者。その卓越した技巧は、カザルスが嫉妬したほど素晴らしいものだったと言う。私はカサドが編曲した「アルペジオーネ協奏曲」を、彼が1957年にペルレア/バンベルクso.と録音した米Vox盤で初めて聴いた。ピアノで始まる、あの哀愁に満ちた前奏が木管群で奏された時、私はまるで別の新しいシューベルトの世界が目の前にサァッと広がるのを感じ、一気に期待に胸を膨らませた事を憶えている。ビックリしたのはその後だ。チェロのテーマの後、原曲には全く無いオーケストラのテュッティ部分が高らかに奏されるのだ。そう、ロマン派の協奏曲の形式を用い、このソナタの名曲を全く新しいコンチェルトとして再編成するという至難な作業に、カサドは果敢に挑んでいるのだ。そしてそれはかなりの部分で成功していると言っていいだろう。オーケストレーションもシューベルトの様式をよく把握し、ソロとオーケストラのフレーズの受け渡しも堂に入っている。ただカサドの技巧の方は両手が硬直した感じで、やや物足りないものだった。その硬質の独自の音色には魅せられたのだが・・・。
 その後、カサドが巨匠メンゲルベルク/コンセルトヘボウと1940年に共演したライブ録音が残されているというニュースを聞き、私はやっとの思いでプライベート・レコードを入手した。これが素晴らしい名演だった!! オーケストラは実に堂々としており、その充実度は前者の比ではない。何より若き日のカサドの技巧が素晴らしく、全く不安を感じさせないのが良い。録音も、この年代のライブとしてはかなり優秀で聴きやすい。この録音はその後、仏Tahraや米M&Aで容易に入手出来るようになった。なおカサドによる「アルペジオーネ協奏曲」には、もっと前の録音も残されている。それが1929年にハーティ/ハルレO.との録音だ。不朽の名曲をコンチェルトとして、自らの技量と共に世に問おうという若き日のカサドの真摯な心が満ちあふれている、素晴らしい録音だ。
 なおカサドはその最晩年に、わが国伝説のピアニスト・原智恵子と結婚し話題になったが、「デュオ・カサド」として1963年にモスクワへ楽旅した際に、現地で珠玉のような小品の録音を残している。本当に心を許しあえる共演者を得たためもあってか、その演奏は技術的にも安定しており、何より幸せな雰囲気に満ちあふれている。この録音は当初コロムビアから発売されたがすぐに廃盤となり、後にALFAレコードから再発売されたが、一般には入手しにくいものだった。しかし最近ようやくコロンビア (DENON) からCDとして発売されたので、機会があったら是非一度聴いて欲しいと思う。

 シューベルト/カサド編曲
「アルペジォーネ・ソナタ」によるチェロと管弦楽のための協奏曲イ短調
1. カサド (Vc.), ハーティ/ハルレO. (1929.3.1) (英Halle HLT 8003)
2. カサド (Vc.), メンゲルベルク/アムステルダム・コンセルトヘボウO. (1940.12.12) (仏TAHRA TAH 231, 米M&A CD 780)
3. カサド (Vc.), ペルレア/バンベルクO. (1957) (米Vox CDX2 5502)

「デュオ・カサド」 カサド(Vc.), 原智恵子 (P) 1963/モスクワ録音
 ( Alfa ACR-25001, DENON COCO-80744 )

近年、上記のカサドによる録音全てを収録した全集がArs Novaからリリースされた(AN-103)。しかし現在入手は困難なようだ。もし店頭で見かけるような事があれば、百襲し購入されたい。(宇野功芳的表現?)

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