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前田憲男さんのこと

写真は「前田憲男の作曲術入門」(ドレミ楽譜出版/1983)

2018年11月25日、稀代の名アレンジャーでピアニストの前田憲男さん(氏は「先生」と呼ばれるのを嫌がっておられたので、このように書かせていただきます)が83歳で旅立たれました。
あれからもう一年半以上になるなんて…
私は他の多くのファンの方々と同様、前田憲男さんのことを心から敬愛していました。当初クラシックしか興味のなかった未熟な私に、クラシックに精通しながらもJAZZ、ポップスの世界で名アレンジャーとして、音楽の楽しさを教えてくださったのが、前田憲男さんでした。
私の前田憲男さんの全ての記憶は、1976年7月に名古屋市民会館で行われた「前田憲男+名フィルコンサート」に遡ります。
プログラムは2時間を超える多彩なものでしたが、中でも「カルメン・ウィークエンダー」の楽しさは、今も忘れられません。
ご存知ビゼーの歌劇「カルメン」を、前田憲男さんは大阪・河内地方に舞台を変え、当時人気を博していたTV番組「ウィークエンダー」をもじって、「カルメン・ウィークエンダー」という物語に仕立て直しました。河内の専売公社のタバコ工場に勤める主人公・軽目艶 (島田祐子)、工場前の交番に勤務する警察官・鈍方正 (尾崎紀世彦)、そして人気競輪選手・江塚美里夫(上条恒彦)が繰り広げる三角関係ドラマは、まさに抱腹絶倒! 私はこの演奏会のプライベート録音を持っていますが、今も時々聴き直しては、笑い転げてます。

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Vivaldi/四季 演奏/前田憲男トリオ
p. 前田憲男、dr. 猪股猛、b. 鈴木淳
warner L-8010w (1972)  録音/菅野沖彦

(ヴィヴァルディの「四季」をJAZZのピアノ・トリオで演奏した、菅野沖彦録音による1972年の名盤。たいそうオーソドックスな大人の音楽で、原曲を愛する人も抵抗なく楽しめる。
前田氏のpiano・猪股氏のdrums共、どんなに強打してもウルさくないのは驚異。それだけ打音に「響き」が込められているのだ。bassのテクも堅実で素晴らしい)

前田憲男さんはその後も何度か名フィルを訪れ、音楽の楽しさを伝え続けて下さいました。一緒に来演された猪股猛 (dr.)、荒川康男 (b.)、羽田健太郎 (p)といった超一流のミュージシャンの皆さんとも、気さくさにお話をさせていただき、popsの世界の皆さんの礼儀正しさに感動し、多くの事を学ばせていただきました。今は感謝の思いで一杯です。
前田憲男さんは、とてもシャイで謙虚な方でした。どんなに売れていても「生涯一ミュージシャン」といった空気を持っておられたように思われます。そのピアノは華麗さよりも落ち着きを、テクニックよりもフィーリングを感じさせられるものでした。
日本音楽家ユニオンの芸能人年金が始まった時、前田憲男さんは100口も加入されたというエピソードが残されています。
前田憲男さんが最後に名フィルに来演されたのは、「ラプソディ・イン・ブルー」のソリストとしてでした。往年の堅実なテクニックに加え、氏がこの作品に抱かれている様々な思いがしみじみと伝わって来るような、素晴らしい演奏でした。

宮川泰さん、小野崎孝輔さん、羽田健太郎さん、服部克久さん、そして前田憲男さん… 私が大好きだったミュージシャンたちの多くが、旅立たれてしまいました。今頃雲上で、いちばん大好きだったJAZZを、仲間同士心ゆくまでplayされているのでは… ああ、聴きたいなー。

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