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ほのぼの童話(5) 「雨だれの前奏曲」

「・・・・・・・・・・・・・」
弱々しいピアノの音に、ふと目をあけた健太は、思わず「あっ」と叫びました。
いつの間に入り込んだのでしょう、ぼさぼさの髪に、青白い顔をしたおじさんが、ピアノを弾いているではありませんか。
おじさんは、健太の方を振り返って言いました。
「君、この曲好きかい?」
「ん・・・・あ・ん・ま・り・・・」
「そうだろう! 君がとーってもつまらなそうに弾いていたので、僕は思わず出てきてしまったのさ」
 そう、健太はイヤイヤ練習していたピアノに疲れて、横のソフアーに寝込んでしまっていたのでした。
「おじさん、だあれ?」
「ま、とりあえずフレディって呼んでくれ」
そう言うとおじさんは、またピアノを弾き始めました。曲は『雨だれの前奏曲』。
・・・・その演奏の何と素晴しいことでしょう。さっき健太が練習していたのとは、まるで別の曲のようでした。
( このおじさん、どっかで見たような顔だぞ。)
曲が間奏にさしかかると、おじさんの額からはジワジワと汗がにじみだして来ました。
「サンド、サンド・・・早く、早く帰って来てくれ。僕を一人にしないでくれよ・・・・ほら、ほら、僕が一人でいると、またいつもの幽霊があらわれて・・あぁぁっ、あーっ」

バァーン!

おじさんはピアノの上に、突っ伏してしまいました。
「お、おじさん。だ、大丈夫?」
おじさんは鍵盤から、そうっと顔を上げました。
「フレディって呼べっ、と言ったろぉ・・」
「ご、ごめんなさいっ。」
「ふふふ・・・この曲を弾くと、いつもかならずおかしくなってしまう・・・」
そう言うと、おじさんは今度は急に真面目な顔になり、健太に向かって言いました。
「いいかい、坊や。音楽ってのはね。どの曲もみんな血の出るような思いから作られているんだよ」
「う、うん」
「それを今日の君みたいに、いかにもつまらなそうに弾いているのを聴いたりすると、僕は黙ってられなくなってしまうのさ。」
「・・・・・・」
「さあ、今度は本気になって弾くんだ!」
そう言い残すと、おじさんの姿はスウッと消えてしまいました。
「ショパンのおじさん!」
 健太は、おじさんが誰だったのか、はっきり気がつきました。そして「ピアノが弾きたい!」という気持が体中にムクムクと沸き上がってくるのを感じていました。
「よおーし、さっきのおじさん、いや、フレディみたいに弾くぞおっ!」
そう叫ぶと、健太は小走りに鍵盤に向かいました。

(作者ひとこと) 中日新聞「みんなの童話」に応募し、佳作となった作品です。500円の図書券が送られて来た時本当に嬉しかったのを、昨日の事のようによく覚えています。


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