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8月31日の夜に

吊るされた風鈴が、夏を無視して佇んでる。

ベランダの窓を開ければ、田んぼと民家が交互に整列している。

田舎でも都会でもない。やや田舎という表現が一番正しいのかもしれない。

もちろん、都会の人間がこの景色を見れば、「田舎じゃん」と言うだろうが、見渡すほどの緑でもなければ、心癒される自然風景でもない。

僕はここに生まれて、これからどこに行くのだろうか。もしかしてここに死ぬまでいるのだろうか。

ま、そんなことはどうでもいい。

それよりこの耳障りな蟬合唱団をいますぐ解散させてくれ。

少し短い夏休みが終わり、明日から2学期が始まる。高校でこの3学期制は終わるから、3年の今年が人生最後の2学期だ。

だからといって特別なことはない。髪を染めてデビューする勇気も、そんなデビューしたやつをからかうキャラでもない。

でも、なにかモヤモヤするのは、高校最後の夏が8月31日ではなく、10日も早く終わってしまうからなのか。初めてどこにも行けない夏だったからなのか。いや、行けたところでどこにも行ってないだろう。


やるつもりもない宿題を広げた机に僕は突っ伏した。暑さはピークを過ぎ、日は傾きかけている。

頬の横でなにげなく携帯をいじっていた。ふとLINEグループの欄を見ると、見覚えのないグループが。

「花火」と書かれたグループには中学3年のとき同じクラスだったクラスメイトが3人。

小学校からの友達、野球部の高崎翔と、東京の高校へ行った緑川良介、そして当時好きだった柿内まき、の3人だ。

あのとき何をするにもこの4人だった。この4人でいればあとは別になにもいらなかった。この小さなコミュニティが僕たちの全てだった。

高崎はとなりの高校へ進学。緑川は東京の高校。そして柿内は、、どの高校へ行ったのかわからない。

そうだ。思い出した。当時仲の良かったこの4人で地元の花火大会へ行く予定だった。そのときのLINEグループだ。ちょうど3年前の今日8月20日だ。しかしその年、何年かに一度の大雨で中止になり、このLINEグループは志半ばで自然消滅した、はずだった。

でも今見ると誰も退会をしていない。

高崎は元気かな、緑川は東京に馴染めたのかな、柿内は、柿内は今どこにいて、何をしてるのだろう。柿内はどんな高校3年生になっているのだろう。柿内は彼氏いるのかな。柿内は。

指が勝手に動いていた。

「夏はまだ終わってないよな」

なんでこんな事を打ったのかはわからない。

すぐに削除することも出来た。

でも僕の心は今中学3年に戻って、あの頃の匂いをまとって、最強なんだ。8月20日なんだ。

きっと夏はまだ終わってないんだ。

それを確かめたいんだ。


突然、水滴が窓を叩き出した。急いで窓を閉める。雨が行列をなしている。ふぞろいに。

止むと、空は妖しく桃色と橙色が入り混じり、すぐに黒がやってきた。


僕の携帯が音を出すことはなかった。


1時間ごとに既読が1つずつついていった。きっと最初に高崎が読み、緑川が見て、最後は柿内だったのかな。

返事は来ないまま、僕の「夏は終わってないよな」が宙に浮いたまま。


きっと僕はあの3年前の8月20日で止まってたんだ。高崎も緑川も柿内もみんな前に進んでいたのに、僕だけ取り残されていた。あの行けなかった花火大会から僕は帰れていなかった。


無常にも僕の人生最後の2学期は始まってしまった。春に休校してた分を取り返せとばかりに大人たちはせかせか黒板に文字をつらねる。

窓際の席の僕は、校庭の向こうにある山を見てた。花火が上がるはずだったあの山を。

今年も3年前と事情は違えど、花火大会は中止になった。

今年の夏も花火は上がらなかった。

でも今年はちゃんと夏を終わらせないと。

朝ベッドから起き歯磨きしながらゆっくり目を覚ますように、徐々に学校にいくことにも慣れてきだした。

8月31日、授業が終わり家路についた。いつものようにベッドに鞄を投げ出し、椅子に身を委ねた。

窓の外はまた変な色をしている。

携帯をポケットから取り出し、LINEの画面を目を落とす。

「花火」のグループLINEから僕は退会のボタンを押した。虚しい既読3の文字が僕の目の前から消えていった。

やっとだ。

やっと夏を終えられた。3年越しだ。


携帯をベッドに放りなげたと同時に、雨が窓を叩き出した。









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