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道恋1 碓氷峠 その1

すべての道に恋してしまいそうだとか、道に恋してしまっただとか、昔のMAZDAのCMにそのような言い回しがあったけれども、どうにも気になる道というものは確かに存在していると思う。高原道路、夜景の道、海岸道路、峠道。なかでも、視覚的に景色を愉しむわけではない峠道という存在は、一目一見の画像よりも、言葉で語り明かした方がその魅力が伝わるのではないかと思い立ち、このような企画を始めることにしてみたのである。とは言うものの、特別な運転技術もなく、自分の技量よりもクルマのポテンシャルの方が圧倒的に上回っている、へたれドライバーの私である。ゆるいドライブを愉しむことが前提の、ゆるいつぶやきとなることうけあいなので、あんまり期待はしないで欲しい。まずは実験的に、旧道18号碓氷峠で始めてみよう。どのような展開となるか、ブラインドコーナーのその先は濃霧に覆われていてまるで見えない。

碓氷入口

群馬県側から軽井沢方面に向かって、浅間山麓を駆け上がるように敷かれている片峠の道が、旧道18号碓氷峠である。18号パイパス新碓氷峠は、正しくは入山峠と言って今回のテーマである碓氷峠とは異なる道なので、あらかじめ区別しておく。また、古代の碓氷峠も、この18号線にある碓氷峠とは異なる道を通っていたという話であるから、なかなかに碓氷峠の歴史は一筋縄ではいかないようだ。古代の碓氷の道については、日本武尊が、海に身を投じた弟橘媛を偲んで「あずまはや」と嘆いた峠という説も見受けられるが、足柄の方の同名の碓氷峠という説もあり、海の見えない上信県境の碓氷峠という説の説得力は、とてもとても弱い。今回のテーマである18号碓氷峠は、古きよき時代の走り屋の聖地でもあった道である。かつてドリフトキング土屋圭市氏が、若い時分に走り込んでいたという峠道であり、その昔、峠を封鎖しての公道ドリフト走行を収録した映像作品が、危険行為という理由で発禁処分になるなどの物議をかもしたことでも有名である。「頭文字D」のバトルステージのひとつともなっていて、真子と沙雪のインパクトブルーのホームコースとしてもその界隈では知られた存在だ。現在では、道の中央にはみ出し走行を抑止するキャッツアイなどという構造物が埋め込まれ、ドリフト走行などは困難となっている。碓氷峠を走りはじめのころは、頭文字Dに触発された走り屋などが走っていたら、危ないなぁ、面倒だなぁなどと漠然と考えていたものだが、実際、危険に感じるのは、なんでもない一般のクルマのことの方が多いようだ。走りにそれなりに気合の入った車種とすれ違うときの方が安心感はあり、幅広セダンや背高ミニバンなどとすれ違うときの方が、センターラインを踏み越えて平然としているドライバーさんも多く、かえって注意が必要かなぁと感じている。

碓氷第三橋梁1

かつて碓氷峠には、ラック&ピニオン式のレールを登る山岳鉄道の軌道が敷設されていて、その面影として、煉瓦造りの橋梁・橋脚がルートのところどころに見え隠れしている。急勾配を駆け上がるために、レールの上に歯形を刻み、その歯形に噛みあう歯車を車輪として登る、珍しい形式の鉄道である。ちなみにそれ以前は、馬車鉄道という難儀な交通機関の走る区間でもあったという。英国に残る馬車鉄道の映像などを見た際には、ペルシュロン馬の独特の風貌とあいまって、なかなかに優雅で風情があるなぁなどと思って見ていたのだが、そのとき、ペルシュロン馬が客車を牽引していたのは街中や高原だったから、碓氷の馬車鉄道とはあまり比較にならなさそうだ。ここ碓氷の難所を客車を曳いて登っていたとは、曳いている側の馬にとってはなかなかに難儀な話である。さすがに困難を極めたのか、馬車鉄道の運行は5年程度で、それを引き継いだのがラック&ピニオン式の鉄道ということになるのだが、その姿も今はなく、面影の橋脚が野ざらしのまま残っているだけとなっている。中でも一番有名なものが第三橋梁めがね橋で、雨の日も風の日も、まるでゴーレムのようなたたずまいでぬぼーっとそびえている。このめがね橋を見に来ている観光客や鉄道ファンなども多いため、週末などは老夫婦や子供連れなどが道路脇を歩いているのも目立つ。上州群馬へ下りきった先、安中市には、鉄道のテーマパークである碓氷峠鉄道文化むらがあるから、鉄道好きにはたまらない。少し歩いたところには、碓氷峠の関所跡があるので、時代劇ファンの方にはこちらだろうか。入り鉄砲に出女の世界や、関所破りの現実について堪能することが出来るだろう。隣接してJR横川駅があり、釜めしの駅弁で有名なおぎのやが店を構えているが、ここはまた「頭文字D」のファンたちにとっての聖地であり、おぎのやの看板の下に、インパクトブルーをイメージした青いシルエイティが飾られて置かれている。お約束だが、どんなに待っても、やっぱり池谷先輩は来ない。

おぎのや


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