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歩合給の効力が否定された例【サカイ引越センター事件 東京地裁立川支部令和5年8月9日判決】

熊本市の社会保険労務士、荻生清高です。

九州の社労士と弁護士、労働法学者、そしてゲストも時々交えた「九州労働判例研究会」を、毎月1回、熊本と鹿児島で共同開催しています。

12月例会は鹿児島開催。
今回は「サカイ引越センター事件」を取り上げました。



サカイ引越センター事件の概要


この事件は、引越運送業務に従事していた従業員が、時間外労働にかかる割増賃金、いわゆる残業代が未払であると主張し、会社を訴えたものです。

この会社は、基本給のほかに、以下の賃金を支払っていました。

  1. 売上額に応じた売上給

  2. 作業件数に応じた件数給

  3. 作業内容をポイント換算して支給する業績給

  4. 車両の洗車やワックスがけを行った回数に応じて支給する愛車手当

  5. 無事故や速度制限遵守などの基準に応じ支払われる無事故手当

  6. アンケート評価と枚数に応じて支給されるアンケート手当

  7. その他、最低賃金を満たすための賃金保障、一時的なキャンペーンに基づく支給金など

残業単価の計算においては、1から5までは歩合制としての計算を行っていましたが、6と7は含んでいませんでした。


歩合制とそれ以外での、残業単価の扱いの違い


歩合制で支払われる賃金と、そうでない賃金とでは、残業単価の計算方法が違ってきます。

歩合給でない給与に対しては、割増賃金は月の所定労働時間、いわゆる時間外労働部分を含まない、本来の月間総労働時間で時間あたりに換算します。

また、割増率は25%ですが、これに時間あたり賃金が加わりますので、実質的に125%となります。

これに対し、歩合制、いわゆる賃金の出来高払い制においては、歩合給部分にかかる割増賃金率は25%です。

これは、通常の賃金部分(100%の部分)は歩合給ですでに支払われている、という理屈からです。

また、歩合給の残業単価は、時間外労働時間も含めた総労働時間で割って算出します。分母が大きくなりますので、歩合給でない給与よりも、割増単価は下がります。

このように、賃金が歩合制か、またそうでないかは、割増賃金の額に影響を及ぼします。

出典:東京労働局「しっかりマスター 労働基準法」割増賃金編


本件は、賃金が歩合給であるか否かが争われた


本件は、賃金が実質的に歩合給であるかどうかが、争われました。

なお本件では、1年単位の変形労働時間制の有効性も争われ、これも結論に大きな影響を及ぼしましたが、本稿では歩合制に絞って検討します。

裁判所は、歩合給として支払われた手当を、歩合給にあたらないと示しました。

結果、基本給に各手当を合算して割増賃金を計算し、総額でおよそ1,570万円の支払いを、会社に命じました。

これに対し被告会社は控訴。結論は高等裁判所に持ち越されています。

近年、歩合給と割増賃金の有効性が問われる裁判例は、いくつか見られますが、歩合給それ自体の有効性が問われた裁判例は、これまで無かったように思います。

本件はまさに、歩合給としての有効性が問われた点で、独特といえます。


裁判例における歩合制の定義


この裁判では、東京高裁平成29年の判決を参照し(具体的な判決を特定できませんでした)、以下のように歩合制を定義しています。

  • 「出来高払制その他の請負制とは、労働者の賃金が労働給付の成果に応じて一定比率で定められている仕組みを指す」

  • 「出来高払制賃金とは、そのような仕組みの下で労働者に支払われるべき賃金のことをいう」

この基準をあてはめた結果として、本件は対象となる労働者の自助努力がどこまで反映されるかを、限定的に解釈しました。

結果、労働の成果に応じて支払われる出来高払制賃金に該当しないとし、会社の主張を退けました。

これに対し、被告会社は既に述べた通り、裁判の翌日に控訴しています。

最終的な結論はまだ先ですが、仮にこの流れが定着すると、歩合給を採用する使用者にとっては、かなり厳しいものとなります。


「労働者の自助努力が、実質的にどこまで反映されるか」が判断された


例えば、長時間の時間外労働が、毎月にわたり発生しているとか、歩合給が支払われてもかなり少額であるといった場合は、自助努力の反映される余地が少ないとして、歩合給そのものの有効性が否定される可能性が生じます。

今後は、仮に労働者側の立場で争うとすれば、労働者に裁量の余地がないほどの長時間労働が恒常化していた場合は、自助努力の余地が無いとして歩合給の無効を主張する、あるいは歩合給を含めた賃金が少額であった場合は無効を主張してくることが、予想されます。

歩合給を、割増賃金の負担を抑える意図で導入したとみられる会社の行為が、裁判で否定される例が出ています(国際自動車事件、熊本総合運輸事件その他)。

今回の判決は、これに加え歩合給そのものが否定される可能性を、示したものといえます。


歩合給の効力を否定されないためには


歩合給を導入する場合は、労働者の努力や成果を、適切に反映させることが大事です。

なぜ歩合給を導入するのか。目的を改めて整理することが、大事と言えます。

歩合給の本来の目的を離れて、残業代を抑える実質的意図をもって歩合給を導入することは、ますます難しくなったといえます。


改めて問われる「オール歩合給は適切か」


最近は裁判例の流れを受け、運送業は「完全歩合給が望ましい」との意見が散見されます。

完全歩合給それ自体は、否定されるものではありません。

ただ、完全歩合給は成果を適切に労働者に配分するための方法として、導入されるものです。

繰り返しになりますが、歩合給制度を割増賃金を抑える意図をもって導入するのは、リスクが高いといえます。慎重な取り扱いが必要です。

個別の会社ごとの取り扱いについては、社労士にご相談ください。


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