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名もなき村のああああ(試験版400文字)

 名前が欲しかった。燃え盛る木の枝を飲み込んだから<火食い>とか、塔の上で30年暮らしたから<塔暮らし>とか、そんなんじゃなくて、きちんと名付けられた名前が。

 大気が震えるほど荒い息を吐きながら、蹄で地面を蹴って飛び掛かってこようとしているのはハネボウキの亜種。ハネボウキは蹄のある四つ足のバカでかい鳥だが、コイツはさらに額に角がついている……まあ、見た目はどうだっていい。大事なのはコイツに名付け親がつけた名前があることだ。その名も――「アアアアア!」

 けたたましい鳴き声とともに、ヤツは俺めがけて突っ込んできた。俺は身をかわし、手に持ったピストルをヤツの肩に向けて構えた。山腹を照らす月の光が、ピストルの腹に書かれた『グリフォン』の銘を浮かび上がらせる。ファラリウス社の大ヒット商(りょうさん)品にして、滅多に暴発しない優れもの。

「よこせ。名前を」俺はアアアアに言った。俺には名がなかった。

【続く】

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