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読書感想ストーリー「おかねのきもち」

 僕は、僕自身を否定するのが得意だ。どうやったら自分を貶めることができるかって?簡単さ。自分の意見の最後に一言、こう、付け加えるんだ。
「どうせ、さ。」

 今日もやはり、良い一日じゃなかった。簡単な作業だけれど押しつけられると腹が立った。それが一度ではなく二度三度と重なると怒りというものは、恐ろしいことに、僕の周囲の音を遮断してしまうのだ。しかし脳細胞のどこかが、情報や刺激の遮断に危機感を覚えて前頭葉を働かせるのだろう。その前頭葉から発せられる
「どうせ、さ。僕はこの仕事しか、出来やしないんだから。」
というつぶやきは、僕の聴覚を正常化するに十分な言葉だった。トラックの往来が少しうるさかった。

 雨が降ってきた。まだ傘は必要ない、歩ける程度だ。そして少し寒いと感じる。自身の防御に万全ではない、機能的に心許ないおもちゃのようなお守りみたいに、鞄の中に折りたたみ傘が入っている。そのお守りを心のよりどころとして、さあ、バス停まで急ごう、と早歩きを始めた。

 横断歩道を渡って、バスターミナルに到着すると二つ先にあるバス停に冷ややかにベンチが置いてある。そのベンチの下に幼稚園児数人が潜り込もうとしていた。僕はなんだか不快だった。このベンチは真夜中頃にホームレスであろう、とある老人が、住居にしてしまうー夜を明かす場所にしてしまうのだ。勿論、昼間はここに彼はいない。その場所はおそらく不潔に満ちているであろうと思われる。そんな場所にずっと居続けるとあの園児たちは帰宅してから叱られるに決まっている。
 しかし園児たちは、遊んでいる風でもなくそこから去ろうとしない。どうやら何かを落としたらしい。それがベンチの脚の裏まで転がっていき、潜り込んで拾おうというのだ。

「むこうにあるんだもん」
「うん、見たよ。向こうっ側に転がってったの」
「もう、ちっちゃいから見えないよ」
「でも、探さなきゃ、やだ」

 子供では無理だか、このベンチは少し大人の力を加えると手前にずらすことが出来そうだった。彼らの天使的な必死さに、大人である僕は勇気を出して見て見ぬふりをやめた。
「どうした?何か落ちてるのか?」

「おっこちたの、スーパーボール」
泣きそうな顔で必死に言う男の子と、心配顔のあと二人。
「スーパーボール?」
「うん、ポケモンの。」
「この子のおにいちゃんが大事にしてたやつ。落っことした」
なるほど、自分のじゃないから失くしたとは言えないんだなー「探してやるよ、ちょっとどいて」

 僕は素手で、このベンチを手前に引っ張ってみた。
 あった。コンクリートブロックの僅かな穴に、小さなキーホルダーが落ちていた。とてもきれいなボールだ。しかしボールと穴の大きさが全く同じで、隙間がないからつまみ出すのは難しい。しかも深さが10センチほどあった。よく見ると、キーホルダーの金具は、なんとか上を向いているので、この金具をつまむことが出来れば、取り出せる。どうしようかと思案していると、椅子の向こうに使われたと思われる割り箸が一膳、捨てられている。

 僕はその割り箸を穴に突っ込んで、金具をつまみ上げることに成功した。
 園児たちにそのまま触らせるのは気持ちの良い渡し方ではないから、持っていたメモ用紙に何とか包んで「家に帰ったらちゃんと家の人に拭いてもらってから遊ぶんだよ。それまでこの紙は開けちゃだめだよ」と、園児の鞄に入れてやった。
 園児たちは迎えに来た親たちに連れられて「ばいばーい」と機嫌良く帰って行った。
 僕はほっとして、ベンチを元の位置に戻そうとした。ら、落とし物がまだあった。

 園児たちは落とした宝物が戻ってきた。
 僕が拾ったのは、不潔な割り箸一膳と安堵感、そしてー50円玉が落ちているのを見つけたのだった。
 僕はこの50円を元通りにしたベンチの上に、置いておいた。
 今夜きっと、このベンチに帰宅したホームレスの彼が、見つけるだろう。僕だって、見知らぬ誰かを助けることが出来る人間なんだ。「どうせ、さ。」僕だって分からなくても、それで、いいんだ。


今日のお話は
やまもとゆか著作 ヨシヤス絵 「おかねのきもち」

お金は、たとえ1円でも、必ず誰かを幸せにする使命を持って、この世の中に流通しているはずです。そんな小さな事を忘れないようにさせてくれる、とても素晴らしい絵本です。





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