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あれこれ考えを巡らせた後、ちょっとだけ幸せを感じた話。

先客がいた。
脚を思い切り投げ出し、背もたれを目一杯倒して、おそらく眠っている。
私はできるだけ体を薄くしながら蟹歩きをして、彼の前をすり抜けて自分の席についた。

日曜日、上りの新幹線。
持ってきた新書をカバンから取り出し、さあ読もうと広げると……

狭い。

チラリと見ると、肘掛けを越した彼の肘と上腕が、私の座席のスペースを、
いや、「私の陣地」を侵していた。

うーん。狭い。

ちょっと嫌だな、と思いつつ、「あの、腕をよけていただけませんか?」と言うほどまで大幅に侵されているわけでもなく。
そもそも寝ている人を起こしてまで、そんなことを言う気にもならず。
とはいえ……私の腕が軽く当たれば、彼も気づいて(おっと、失礼)なんて思いながらどいてくれるかしら。期待を込めて、彼の腕に私の腕をそっと当てた。

密着した。


その後、何も起きなかった。

ただ、腕をくっつけて隣同士で座っている他人。
むむう。こんなことをしたいわけじゃないのに。

仕方なく、彼の反対側に体を寄せて本を広げてみたが、姿勢も悪くなるしこれはこれで不快。彼は相変わらず眠っている。

うーん。私も少しは肘掛けスペースが欲しい。
そもそも、この座席の中央にある肘掛けは、どのように分け合えばいいのか。
二分の一ずつ肘を乗せる、というルールは明文化されているのか?
というよりこういう場合、肘掛けよりも仕切りとして機能することの方が多いのではなかろうか?
などと考えていたら、彼がポケットを弄った。
携帯が鳴ったようで、離席した。

わーい。背筋を伸ばして、堂々と座ろう。
新書を広げて読書に意識を向けた。

しばらくすると彼が帰ってきて、また、どっかりと座った。
ほぼ、仰臥ではないかと思うくらい、脚を投げ出して座席に横になる。
肘と腕は……同じく、こちらにめり込んできた。

私たちは再び、密着した。


なるほど。

前半の場合、「彼は寝ているから…気づかないのよね」と言うこともできる。
今回は、多分違う。横になってそんなにすぐ、意識がなくなるだろうか。

そこで私は、この場に身を委ねることにした。

「陣地」とか考えるからいけないのだ。
彼ものびのびして、私ものびのびする。
お互い自由に。
そして、互いを攻撃するわけでもなく。
同じ人間同士、仲良くしようじゃないか。

ということで、その後はずっと、お互いそれなりの面積で腕を触れ合わせながら新幹線に揺られた。
彼とは今日初めてここで出会い、そして二度と会うことはないだろう。
けれども私たちは今、動物として見ればまぁまぁ仲良しだ。たぶん。

40分くらいして降りる駅に着いた。
乗り込んだ時と同じく、私は体を薄くして彼の前を横切った。
彼は目を開けて、足を引っ込めて通りやすくしてくれた。
隣に乗った女が、あれこれ考えた挙句に、「私たちは動物として仲良しだったわね」と結論づけて去っていったことは知るよしもないだろう。

* * * * * * * *

新幹線を降り、私鉄に乗り換えた。
目の前にずらりと座る乗客たちは、皆一人ずつやってきて、座席に座り、ちょっとだけ身体が触れ合っている。
その景色を、(何だかあの人たち、動物として仲良しそうだわぁ)とほんのり幸せな気持ちで眺めた。
電線にギューッと並ぶスズメを思い出した。

〜おまけ〜
「新幹線の肘掛けは、どちらのもの?」を調べた方がいらっしゃいました(笑)

https://maidonanews.jp/article/12328617?page=1


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