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共感と感情移入について調べたら自分への理解が深まった

共感力が低いことは自覚している。パートナーにもよく言われる。
相手と同じ人生を歩んできたわけではないし、思考回路も違う。
同じ出来事に対して違う感情をもつことなんて当たり前の話だ。
私とあなたは違う人間なんだから分かるわけないよ、と言いたい。
真の共感とはハードルが高すぎる。
表面だけ共感したふりはできるかもしれないが、その行為に意味が無いと思っている。

一方で、私は映画や本などの作品に登場する人物に割と感情移入してしまうタイプである。
登場人物に「それ分かる~」みたいな感情を持つこともある。
(どちらかというと悪役に描かれる側に感情移入しがちだ。それは目的がはっきりしていて行動原理がしっかりしていることが多いから。)

まぁそれは完全に余談だけれど、私は感情移入も共感も同じようなものだと思っていて、果たして自分の共感力は高いのか低いのか疑問に思っていた。
つまり、感情移入しやすいくせになぜ共感力が低いと言われてしまうのか。

最近、「共感」「感情移入」について調べてみてこの疑問がとけた。
これらは全く違うものだった。恥ずかしながら私に語彙力が無いために、混同していたのだ。

共感
きょう‐かん【共感】
〘名〙 他人の考え、主張、感情を、自分もその通りだと感じること。また、その気持。同感。

共感(きょうかん)とは? 意味・読み方・使い方をわかりやすく解説 - goo国語辞書

感情移入
かんじょう‐いにゅう〔カンジヤウイニフ〕【感情移入】
自分の感情や精神を他の人や自然、芸術作品などに投射することで、それらと自分との融合を感じる意識作用。

感情移入(かんじょういにゅう)とは? 意味・読み方・使い方をわかりやすく解説 - goo国語辞書

全然違う。
共感は、相手の考えや気持ちに自分も同じように感じること。
対して感情移入は、"自分の感情"を別のものに投射すること。ここに相手の感情は関係しない。

ここから考えると、私は作品中の人物に自分の気持ちを投射しているだけだったということだ。
"自分ならこうする"と思ったことを、登場人物がその通り行動してくれれば、「その気持ち分かる!」となんとなく共感できたような気になっていただけで、因果が逆だったことに気づいた。
因果が逆というよりは答え合わせしているだけ、のほうが近いか。
悪役に感情移入しやすいのも、多くの時間を割いて行動の理由や背景を描かれやすいからであって、私はそういう感情を持つように誘導されていただけだった?

他人から相談をされて、(おそらく共感を求められているのに)求められてもいないアドバイスをしてしまったり、お節介なことをしてしまうのはこれが原因だと思った。

相手の話を聞いたときに、真っ先に私がその状況に置かれていることを想像してしまう。相手がどう考えるか、ではなくあくまで自分をその立場に置いて考える。まさに自分を相手に投射しているということだ。

その結果、"私があなたの状況ならこうする"という考えを話してしまうため、なんだかかみ合わないことになってしまっていた。
いままでの違和感の原因が分かった。

最初に述べた疑問の答えとしては、
・感情移入とはあくまで自分の視点で考えることであり、相手の心情は関係ない
・感情移入する能力とは相手の立場に自分を置いて考える能力(想像力)のことであり、共感力とは違う能力
・よって両者の能力に相関は無い
ということだ。

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