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総延長およそ150キロ!「ベルリンの壁」跡地を自転車で辿ってみた。(17)/現在のベルリンの横に残る過去のベルリン

残された壁

 多くの観光客であふれる旧検問所「チェックポイント・チャーリー」をあとにして、「ベルリンの壁」を辿って先へと進みます。しばらく進んで行くと見えてくるのは、通りに沿って築かれている壁。その上には落書きの描かれた跡が見え、また表面は削り取られています。こちらの壁は100メートルほど連なった形で残されており、今では数カ所しかない「ベルリンの壁」をまとまった形で見せている場所。このような場所ですが、壁だけでなく敷地も重要な場所となっているのです。

およそ100メートルにわたって残る「ベルリンの壁」
「ベルリンの壁」の隙間からは「西側」の風景が見えます。

秘密警察「ゲシュタポ」

 壁の背後には建てられているのは角ばった現代的な建物。それは「テロのトポグラフィー(Topographie des Terrors)」と呼ばれる博物館です。その名前は「恐怖政治の地形」を意味していますが、ナチス時代の秘密警察「ゲシュタポ」の本部がこの場所にあったことから名付けられています。「ゲシュタポ」は抵抗分子の排除やユダヤ人狩りの任務を担っており、ドイツの歴史において最も闇の深い部分と言えるかもしれません。それを取り上げる展示がこの場所で行われているのです。そのためここでは「ベルリンの壁」とナチスの秘密警察という二つのドイツの負の歴史に触れることになるでしょう。

敷地に残された「ゲシュタポ」の痕跡。
「テロのトポグラフィー(Topographie des Terrors)」。

裏通りに残る監視塔

 壁以外にも東西ドイツ時代から残されたものを見つけることができました。「テロのトポグラフィー」から少し離れたところに忘れられたような小さな裏通りがあります。その通りを先へと進んでいくと、見えてくるのは灰色のコンクリート製の小さな塔。それは「西側」への逃亡を妨げるために監視を行っていた監視塔です。周辺を見守るために塔の全方位に窓が取り付けられており、屋根には夜間の監視用のサーチライトもあります。「西側」へと逃れるためには、このような監視塔をすり抜ける必要があったのです。

裏通りに残る監視塔。
監視塔の周辺でも再開発は進んでいます。

新しいベルリン「ポツダマープラッツ」

 監視塔から少し進むと、そこは多くの人が行き交う「ポツダマープラッツ」です。幹線道路が通り、鉄道の駅もある交通の要所であり、周辺にはショッピングモールなど真新しい建物が建ち並ぶ、きらびやかな場所です。このような場所の成り立ちに重要な役割を果たしたのは「ベルリンの壁」でした。かつて街の中心だった場所は第二次世界大戦によって廃墟となり、荒野が広がっていました。そんな場所に壁が築かれたため「東側」も「西側」も開発されることなく荒野のまま残されていたのです。壁の崩壊によって荒野は再開発の中心地となり、今では新しいベルリンを象徴するような街並みが生まれているのです。

多くの人が行き交う「ポツダマープラッツ」
「ポツダマープラッツ」に残された「ベルリンの壁」。

現在のベルリンの横に残る過去のベルリン

 「ポツダマープラッツ」には「ベルリンの壁」の一部が残されていますが、その周りを囲む真新しい街並みからは、現在のベルリンしか感じられないでしょう。ここにあるのは壁崩壊後のベルリンなのです。ですが、通りを1本進めば、ベルリンの過去が見えてきます。裏通りにたたずむ監視塔は、通り抜けられなかった壁の存在を気付かせてくれます。そして「テロのトポグラフィー」を訪れれば、冷戦期まででなく第二次世界大戦まで過去に遡ることができるでしょう。「ポツダマープラッツ」では感じられない過去が、その近くで感じることができるのです。

右側に見えるのが「ポツダマープラッツ」。
ベルリンでは珍しく高層ビルが建ち並ぶ場所。


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