連載 「こけしの恩返し」12 アキチ編


就職していた時期、私は大学5年生のときに学祭でカフェをやったメンバーと一緒にアトリエギャラリーを借りていた。アトリエであり、ギャラリースペースもあり、自分たちでものを作りながら展示もできる、という場所だった。

「みんなで集える場所があって、そこに住めたらもっといいなあ」とぼんやり思っていたのだけど、その希望が実際に形を成していく一部始終を体験した。

物件をいくつか見てまわり、「ここが最初の一歩っぽくていいんじゃないかな」と思った場所に決まった。小さな商店街の路面にある、うなぎの寝床のように奥に広がるがらんとした空間だった。全くの更地、空き地から、自分たちの手で形をつくっていく、それはとてもワクワクしたし、自分の人生にこんな楽しいことが起こっているなんて、なんかちょっと信じられないような嬉しさがあった。

壁を塗って、新たに壁を作って、天井を作って、板を貼って、砂利を敷いて、畳を敷いて、こたつを置いた。入口からすぐ入ったところが靴を脱いで上がる板敷きのギャラリースペース、その先には畳が敷かれたこたつスペースがあって、その奥がアトリエスペースになっていた。


ギャラリーをオープンしたあとは、メンバーがひとりずつ個展を開催したり、知り合いの作家さんにも展示してもらったりした。個展のときは美大でいう「講評会」のようなトークショー的なものも開催し、自分の子どもの頃からの作品を上映したりして、なかなか深くておもしろいことをしていたよなあ、と思う。

私は個展でイラストを描いて飾った。会期中、会社の大人たちがみんなで車に乗って見にきてくれて、なんていい会社なんだろう! と感激した。気の合う先輩と6時間話したのも、この会期中だった。こたつに入っていろいろ話していたら、気付いたら6時間経っていた。

いろんなイベントもした。アニメーションの上映や、冬至カフェや、メンバーの結婚式の2次会や、飲み会や。。私はイベントのときなどよくお菓子を作って出していた。当時、食に興味があったので、人に自分の作ったものを食べてもらえることが楽しかった。最初のイベントはピクニックだったと思う。この場所のお披露目の意味もあり、記念グッズを作ったりして来てくれた人たちに渡した。近くの公園で、確か桜が咲いていた。

楽しかった。

あの日々は、私にとってかけがえのない日々だった。

とにかく私は自分に自信がなかったから、まずそんな楽しいことに自分を加えてくれたことがありがたかったし、どこかで「なぜ私などを仲間にいれてくれたんだろう」とすら思う自分もいた。人との距離感の取り方がよく分からないため、あるときは近すぎたり、あるときは遠すぎたりしてたくさん迷惑をかけたし、ちょっとしたいざこざを起こしてしまうこともあった。でも、なぜかみんなは私のことを見捨てることなく、私の居場所をそこにくれた。こんなありがたいことってなかった。こんな場所、他にはないと思ったし、この先もこんな場所はないんだろうな、と思った。

でも、いつまでも同じ場所にはいられない。人は変わっていくし、それぞれの道を進む日はやってくる。

中野の居酒屋で解散の話をしたこと、解体の日のこと、それが終わって食べたうどんのこと、断片的に思い出す。


みんなでアキチをやっていた日々のことは、ほんとうに、私にとって宝物です。あれは、私に起こったミラクルだったと思う。あの日々は私の人生を確実に色鮮やかにしてくれたし、この世に存在する「楽しい」っていう経験をひとつひとつ教えてくれたように思う。

キャンプに行ったり、川でバーベキューをしたり、温泉バス旅行に行ったりもしたなあ。。どれもひとりではできなかった経験だった。みんながいたから、楽しかった。

本当に、感謝しかない。

ありがとう!!!!!

楽しかった!!!!!

ありがとう!!!!!


次回、デザイン事務所に行く、の回です!

お読みいただきありがとうござました!




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?