ハノイは今日も雨だった
社会人1年目の夏、ぼくはバックパックを背負って東南アジア周遊の旅に出た。
バンコクの喧騒にのまれ、ヴィエンチャンでのんびり過ごした後に訪れた街がハノイ。統一鉄道に乗ってホーチミンまで行くのが目的だったので、あくまでもハノイは旅の通過点であるという認識だった。
重いバックパックを背負って宿まで歩く。
放浪旅初心者のバックパックは余計なものがたくさん入っていて、ずっしりと肩に食い込んだ。
初めての一人旅に、肉体的にも精神的にも疲労が蓄積していたのか体が妙に重かった。頭にモヤがかかったようで、微熱があったのかもしれない。
ハノイには1泊しかしないが、有名な観光スポットは抑えておこうと散策に出掛けた。墨汁を垂らしたように黒い雲が空を覆い、外は昼間とは思えない暗さだった。
雨模様の中、重たい体を引きずるようにハノイの路地を歩く。
社会主義特有の無機質な街並み。
植民地時代の重厚な建造物。
中国語のように早口で乱暴に聞こえる言葉。
バンコクのようなエネルギッシュな熱気は感じられなかった。かといって、ヴィエンチャンのように悠然と時が流れているわけでもない。ハノイには独特の空気が流れていた。天候の悪さと体調不良が相まって寒々しい気持ちになったのを覚えている。
1泊しかしなかったが、ぼくの中でハノイは「暗い街」という印象が強く残った。
さて、それから2年後。
年末にぼくは再びハノイの土を踏んだ。
着陸した飛行機の窓から見える空は、やっぱり厚い雲に覆われていた。
空港の建物から出たぼくの体を冷気が包み、霧雨が顔を濡らす。
東南アジアの中では高緯度にあるハノイは、常夏ではない。12月のハノイはしっかりと寒い。太陽が顔を覗かせれば暖かくなるのだろうが、曇天のハノイは日本の晩秋のような寒さだ。
ぼくは体を丸めるようにして路地を徘徊した。体が芯から冷えてくるのがわかる。
今回はハノイで3泊する。
4日もあれば、1日くらい晴れ間を拝むことができるだろう。ぼくはたかを括っていた。
しかし願いは虚しく、結局ハノイを経つ直前になっても、飛行機の小窓から見えるハノイの空は厚い雲に覆われたままだった。
ぼくはハノイで太陽を見たことがない。
厚い雲が空を覆い、霧雨に街はけぶり、陰鬱な影を落とす街。ハノイ。
ハノイの旅を思い出そうとすると、遠い昔に見たモノクロームの古い映画のように、妙に懐かしい気持ちになる。
ぼくはまたいつかハノイに行く。
そして、東南アジア特有の底抜けに明るい日差しの下で、ホアンキエム湖を、オペラハウスを、タンロン遺跡を見たい。
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