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奈落に落ちたバナナは鉄の味がした。
お風呂に入ると、紅く染まった水が排水溝へと流れていく。
右手にはカミソリを持ち、左手首をなぞる。
そして、いつもその左手で持っているのはバナナだ。
私はその流れる血液がバナナにつたわり落ちた後、その真っ赤なバナナを食べる。
バナナの甘みに丁度いい苦味が加わり、それがたまらなく美味なのだ。
翌朝、私はいつものように職場へ向かう。
季節は夏だけど、いつも長袖で出社する。
私は外面ではいつも明るく振る舞い、同僚や先輩、上司からはとても愛想のいい女性だと思われている。
「アナさんおはよう!」
「はい!おはようございます!今日も一日よろしくお願いします!」
「今日も元気があっていいいね!アナさん!」
そんな感じで誰も私の本性なんて誰もわかっていない。
私は昔から父の言う通りに生きてきた。
私が少しでも歯向かったり、逆らったりするとすぐに罵声を浴びながら殴ってくる父がとても怖かった。
だから、機嫌を損ねないように、言葉一つ一つ丁寧に返答し、彼が求めるものを忠実に従いながら取り繕う毎日だった。
だからいつのまにか私は会社でも友達の前でも、いつでも愛想の良い明るい女性を演じられる能力が身についていた。
ある日、そんな父に愛想を尽かした母は離婚という形で父との別れを告げた。
私は母方の下にいることになった。
その日から、私は今までの「伴」という苗字から代わり、母の旧姓を名乗ることになった。
私はやっと父の支配から解放され、安堵感に包まれたと同時に、今までの父から受けた恐怖を思い出しながら私は今まで何のために父に従い、猿回しの猿のように忠実に生きてきたのか?と自問自答を繰り返し、私は私が分からなくなっていった。
もう支配からは逃れた。
これから私は自由なはず。
でも、あの時の恐怖は切れない鎖のように私の心にずっとずっとまとわりついたまま。
私はなんのために生きて、誰のために笑顔の仮面を付けながら演じていたんだと、私は、張り詰めた糸が切れたかのように、、
その時からだった。
私はカミソリを持ち始めた。
私は父の呪縛から逃れられないまま生きていくことが怖い。
縛られた鎖はもうちぎることもできない。
ずっとずっと、このまま私は過去に受けた恐怖から逃れられない。
「もう、疲れた。」
気づけば、私は大好きだったバナナを持ち、無意識に血を流しながら紅く染まったバナナを食べていた。
そして、その日から私はそれを繰り返す毎日を過ごしていた。
ある時、私はただなんとなく大好きなバナナについてネットで検索してみた。
バナナは栄養価が高く、ビタミンや食物繊維が豊富に含まれていると書かれていた。
さらに調べてみると、そこにはバナナについて、面白い内容の記事が投稿されていた。
バナナは元々は種もあって、食べづらく、今のように甘みも少なかった。
それを人間の手で美味しく食べやすいように品種改良を重ねて、美味しいバナナが作られていったと書かれていた。
私は「へーなるほど。」と思ったと同時に、バナナに対してこう思った。
「私とバナナ一緒じゃん!」
私もはじめはこんな人間ではなかった。
子供の頃、本当は大好きなお人形さんが欲しかったのに、父は「勉強道具を買いなさい。」と言った。
私はお人形さんを我慢して、父の言う通りにした。
私が本当のことを言うと、父の機嫌を損ねるからだ。
だから私は父の思い通りに、父のお口にあった私を作り上げてきた。
人間の口に合わせ品種改良を重ねに重ねたバナナのように。
バナナは私と同じ。
だから私はバナナを紅く染めた。
私と同じように作り上げられたバナナがとても可愛くて、そして憎たらしかった。
そして、今日もまたバナナを持って、私はお風呂場へと向かう。
お風呂に入ると、紅く染まった水が排水溝へと流れていく。
右手にはカミソリを持ち、左手首をなぞる。
そして、いつもその左手で持っているのはバナナだ。
私はその流れる血液がバナナにつたわり落ちた後、その真っ赤なバナナを食べる。
--奈落に落ちたバナナは鉄の味がした。--
伴 アナ
Ban Ana
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