見事な切腹
「切腹を命ずる!」
私は新撰組に切腹を言い渡された。世間の流れで、なんとなく尊王攘夷運動に乗った結果がコレだ。
私は友達についてきて長州から京都に来た。皆は「夷狄をぶっ殺せ」とか言ってたけど、私はそんなことをするつもりは毛頭なかった。ちょっと他の人と一緒にカッコつけたかっただけだ。
なのに、京都に着くや否や新撰組に見つかり、友達は一番隊隊長の沖田総司とかいうやつに殺された。私は抵抗しなかったからか、殺されずには済んだが結局切腹しないといけない。
なにもしていないのに長州人ってだけで何この仕打ち? 段々腹が立ってきた。沖田総司とかいうヤツの顔も腹立つし。
こうなったらヤケだ。素晴らしい切腹を見せてやろう。
そういや土佐の武知半平太という人は腹を綺麗に十文字に切ったらしい。どうせ死ぬんだったらそれ以上の男気のある切り方をしてやろう。世間に私の名を知らしめるのだ。
切腹は明日。「世間との今生の別れだ。有意義に過ごすよう」と近藤勇という人は言ってくれた。
かといって、京都に友達がいるわけでもないし、つねに新撰組の人が私を監視しているから、やることもないので本でも読むことにした。
『モテる切腹の仕方』という本だ。死ぬのにモテるもクソもないと思うが、まあ、読まないよりマシだろう。
1. 切腹の仕方で男の価値は決まる
2. 一文字くらいではダメ、いい男は十文字に切る
3. 「三」の文字で切るのが、最高の切腹。
4. 苦痛に耐えるマインドセット
5.「終活」の流れ
6. 後世に残る「辞世の句」の作り方
とりあえず最後まで読んで、その日は早めに寝た。疲れてたら、いい切腹もできないだろう。
切腹当日。私は白の裃を着させられ、座らされた。介錯は沖田総司がするそうだ。
三方に置かれた短刀を手に取り、わき腹辺りに当てる。なにこれメッチャ恐い。
周りは静まりかえり、雀の泣き声と、町の喧噪だけが聞こえてくる。この音を聞くのも、もう最後かと思うと涙が出てきた。
……イカン、イカン、男が泣いてどうする。
え~と、痛みに耐えるマインドセットは「痛くないと強く信じること」だったな……。なんだその根性論。アホか。
ああもう嫌だ嫌だ。ちくしょう。死にたくねえ。
「早くしろ」沖田が八双に構えたままぶっきらぼうに言ってくる。コイツ、マジで呪ってやるからな。
よし、よし、やるぞ。私は男の中の男だ。武知半平太より立派な切腹をするのだ。
私は腹に短刀を差した。
いってえええええええええ。いてえええええええええ。
マジでいてええ。いてえええええええ。
いってえええ、あっ、じ、辞世の句読むの忘れた! 一生懸命考えてきたのに! 今から言っても間に合うかな。
「く、くれなずむ……」ダ、ダメだ。痛すぎて声が出ない。っていうか「くれなずむ……」ってなんだよ。武田鉄也か。
とか言ってる場合ではない。と、とにかく立派な切腹をするのだ。
ふう、いってええええええ。よし、一文字まで切った。次は、二画目。
いや、ここで二画目に行くよりかは、内臓を取り出してやろう。た、たしか戦国時代にそのような切腹をした武将がいたような……
よし、手を腹の中に入れて……、気持ち悪りいなあ、もう。グチョグチョじゃねえか。
「う、うおおおおおお」私は腸を勢いよく引きずり出した。
いってええええええ。痛いけど、きっと私、男らしいに違いない。この切腹が言い伝わって、憧れるおなごも出てくるだろう。どうじゃコレが私の切腹じゃい。
いってええええええ。こうなったら出せるもの全部出してやろう。次は膵臓じゃい。どうじゃ。いってえええええ。
次は胃、横行結腸、下行結腸、もうちょっと手を伸ばして、肝臓、胆嚢……
「お、おい、もう首落としていいか?」隣のアホ(沖田)が言ってる。
「まだじゃ! まだじゃぞ!」私は叫びながら、次々に内臓を引きずり出した。周りは血まみれ、地獄絵図だ。気持ちわりい。
視界が薄まってきた。もう、出せるものがない。あ、ありがとう、おかあさん……
た、たのしか…………
その男は沖田に首を落とされ、絶命。その際、脇から『モテる切腹の仕方』がポロンと出てきた。
「素晴らしい切腹をした男」というより「死んでもモテたい男」ということで、有名になった。
働きたくないんです。