揉める勇者一行
魔王退治に出発した勇者一行。問題なく冒険は進んでいましたが、どうやら転職ができる『マーダ神殿』の前で4人は揉めているようです。
「お前ら、何回も言わせるな!」勇者は3人に怒鳴りました。「絶対2人は転職しないといけないんだよ!」
「ボクは絶対無理」戦士Aが言いました。
「私も無理です」戦士Bが言いました。
「オレも無理!」戦士Cが言いました。
勇者はブチ切れたようです。「わがまま言うな! 勇者1人、戦士3人ってどんなパーティなんだよ!」
事の発端は物理攻撃がまったく効かないゴースト系のボスが出てきたことでした。愚直に殴ることしかできない戦士3人は役に立たないまま、一行はボコボコにやられてしまったのです。
「あのな、たしかに今までどうにかやってきたよ」勇者は3人に諭すように言いました。「でもな、この先はドンドン敵が強くなる。仮にゴーストを倒したとしても、物理攻撃一辺倒じゃ、先の敵を戦うのは厳しいんだ」
「でも、イルーダの酒場で元気よく『戦士3人ちょうだい!』って言ったのは勇者様でしょう」戦士Aがオドオドしながら言いました
「私も『女性の魔法使いか僧侶を入れた方がいい』と助言したハズです」戦士Bがメガネをクイっと上げながらいいました。「なのに勇者様は『女は役に立たない』って男尊女卑みたいなこと言うから」
「そ、そう言ったのは確かだが……」勇者は恥ずかしそうに頭を掻きながら言いました。「あれは若気の至りって言うか……とにかく2人は魔法使いと僧侶になってくれ! 頼むから」
「勇者様、お言葉ですが、やはりこのパーティで行くべきです」戦士Bが冷静に言いました。「今更職業を変えるのは無理です。レベルも1に戻りますし」
「そうだ。そうだ」戦士Cが眼を吊り上げて言いました。「回復魔法なんてオレの筋肉には合わねえよ。ホラ、この鍛え上げられた上腕二頭筋を見よ!」
「うるせえ。見せるな、そんなもん」勇者はテカテカ光り輝く上腕二頭筋から眼をそらしました。「もう、ジャンケンで決めろお前ら。ジャンケンで、な?」
「それはどうかなあ」戦士Aが言いました。
「そんなのダメです」戦士Bが言いました。
「無理に決まってんだろ」戦士Cが言いました。
「わかった。もういい」勇者は納得していない様子で、宿屋の方に歩き始めました。
勇者は「いくら口で言っても無駄だ」とつぶやきました。もう一度ボコボコにされることで、彼ら戦士3人に無理やり身体でわからせようと決めたのでした。
次の日、勇者一行はゴーストのいる洞窟の入り口で待ち合わせをしました。中に入ると真っ暗でなにも見えません。
「よし、たいまつを出せ」勇者は命令しました。
「えっ、誰か持ってる?」戦士Aは他の戦士に聞きました。
「持ってないです」と戦士B。「持ってねえよ」と戦士C。
「お前ら、今までたいまつ持ってただろう。どこへやったんだ?」勇者は戦士3人に聞きました。
「す、捨てましたけど」戦士Aはオドオドしながらいいました。「道具袋に入れたら、他の物が燃えるから……」
「燃えねえよ! バカ!」勇者は洞窟全体に響くような声で怒鳴りました。「他と一緒に道具袋に入れても燃えねえようになってんの!」
「燃えねえようになってる?」
「そういう世界なの! ここは!」
「ちょっと何言ってるかわかんないです」
「なんでわかんねえんだよ! もういいよ!」勇者はプリプリしながら小さい杖を出しました。「ったく、MP使うからイヤなんだよな……ルーモス、光よ」
勇者の杖の先が光り、3人の戦士が暗闇の中で浮かび上がりました。勇者は3人をまじまじと見たあと、怒りの表情に変わっていきました。「お前ら道具袋パンパンだけど、一体なにを入れてきたんだ?」
「なにって、薬草ですけど」戦士Aが当然のように答えました。
「もしかして薬草しか入ってねえのか?」
「えっ、だって回復必要でしょう。ボクたち回復魔法使えないんですから」
「聖水は? 毒消しは? リポビタンDは?」
「持ってきてないです。回復できたらそれでいいじゃないですか」
「他のふたりも一緒か?」
「はい」と戦士B。「おう」と戦士C。
「……アホかお前らは」勇者はあまりの怒りで逆に冷静になってきました。「ゴーストの全体攻撃でひとり200ポイントはダメージ喰らうのに、30ポイントしか回復できない薬草をいくら持ってきても太刀打ちできるワケねえだろ」
「……そうなんですか?」と戦士Bはメガネをクイっと上げながら言いました。
「そうだよ! バカ!」勇者はついにブチ切れました。「まさに脳筋だなお前ら! 大体戦士Cはキャラ的にバカでいいけど、メガネの戦士Bも御多分に洩れずバカなのかよ!」
「バカとは聞き捨てなりませんね」と戦士B。「おい、いい加減にしとけよ。オレの上腕二頭筋が火を噴くぜ」と戦士C。
「火は噴かなくてもいい。ただ転職してくれればそれでいいんだ」勇者は半泣きになってきました。「もういい。とにかく行くぞ」
勇者一行はザコ敵から逃げつつ、ついに洞窟のボス、ゴーストと対峙しました。
「よし! 行くぞ」勇者は気合いを入れ、呪文を唱えました。「ファイヤー!」
「あっつ、ごっつ熱いやんかコレ」ゴーストは苦しんでいるようです。
「相手の攻撃が来るぞ」勇者は振り返り、戦士3人に言いました。「薬草の準備だ」
一行はなんとか、ゴーストの攻撃に耐えました。戦士Aは焦りながら薬草を勇者に向かって投げつけましたが、大きく逸れ、ゴーストに当たりました。
「ごっつ痛いっ、ヒリヒリする!」薬草をぶつけられたゴーストは苦しんでいるようです。
「なんでダメージがあるんだ? コイツ、物理攻撃は効かないハズだぞ」勇者は首をかしげました。
「ワシ、物理攻撃は効かんけど、薬草の成分であるモルヒネが弱点なんや!」ゴーストが苦しみながらいいました。
「マジか! つーかコレ、モルヒネ入ってんの!?」勇者は言いました。「まあいい、皆、弱点を自ら言っちゃうアホゴーストに薬草をありったけ投げつけろ!」
「おう!」戦士たちは道具袋から薬草を次々取り出し、ゴーストに投げつけていきます。ターン制などもはや関係ありません。
「めっさ痛い! ヒリヒリする! 堪忍してや! うわああああああ」薬草をしこたま投げつけられた挙句、ゴーストは断末魔の叫びを上げながら消えていきました。
「やった! 勝ったぞ!」勇者は叫びました。「やるじゃねえか。お前ら!」
「うれしいです」戦士Aは言いました。
「もちろんです」戦士Bは言いました。
「オレの上腕二頭筋のおかげだな」戦士Cは言いました。
「悪かったな……。転職しろ、なんて言って」勇者は下を向きつつ、皆に謝りました。「やっぱりこのパーティが最強だ」
苦労しながら洞窟を抜け、街に到着。薬草に鎮静作用があることがわかった勇者一行はさっそくモルヒネを抽出し、薬を開発して医療界に必死の売り込みをかけました。
日夜、接待に勤しみ、勇者はアルコール性肝炎になるなど、身体はボロボロになりましたが、モルヒネ入りの薬はドンドン世界に拡がっていきました。勇者一行には莫大なお金が入り、使用人付きの豪邸を街の外れに建てました。
もしあそこで転職していたら、薬草の成分に気づくこともなく、ここまでの社会的成功はしていなかったでしょう。勇者1人、戦士3人というアンバランスなパーティが功を奏したのです。
読者の方も「この同僚、部下で大丈夫なのか?」と職場で思うことが多々あるでしょう。勇者みたいに転職を促すのもひとつの手です。でも、その仲間でしか成し遂げられないことがきっとあると思います。「なにがプラスになるのか、やってみるまでわからない」ということをこの物語は教えてくれているのかもしれませんね。
さて、その後、巨万の富を得た勇者一行。
圧倒的な財力を見せつけ、敵をドンドン手なずけていきます。魔王に至っては勇者一行に誘われた高級クラブで、No.1ホステスである妖艶な加奈子さんにどっぷりハマってしまい、世界征服どころではなくなってしまいました。
勇者一行のおかげで世界は平和になりましたとさ。
めでたし、めでたし。
働きたくないんです。