庶民の暮らしの楽しさと、それを守るために【花森安治を読んで:後編】

本記事は前編の続きです。前編を読んでいなくても読む上で問題はありませんが、ご興味おありでしたら前編も読んでみてください。なお、以下本文はMUJI BOOKS「花森安治」の本を読んで考えたことを書いたものです。

おかずの四季

一年中春の国では、あまり春の美しさを感じられないだろう。寒い冬があるから、春の美しさが身にしみるというもの。これは毎日食べるご飯のおかずにしても同じことが言える。毎日同じようなおかずを食べていれば、それが高い物であれ安い物であれ、それほど良さを感じられなくなるに違いない。一日のおかず代が百円として、毎日百円ずつ使っていたら変化がなく飽きて食事を楽しめない。しかし、一週間でまとめて七百円あると考えて一日八十円ずつ使う。すると、週末のおかず代が一日だけ二百二十円になり、これは普段の3倍のご馳走が食べられることになる。おかずに限らず、毎日のことに山と谷、あるいは冬と春を作るようにすると同じ暮らしでも案外楽しくなってくるのだと花森さんは言います。

この話は昭和(1954年)の話なので、安くいろんなものが食べられる現代人にとって「おかず」と言われてもあまりピンとこないかもしれませんが、いつも同じようなものばかり食べたり、あるいはしていたら変化がなくただ眈々とそれをこなすだけにしまって面白味がなくなっていることは私たち現代人もあると思います。

この話は「おかず」ですが、今の時代では単に「ごはん」と言った方がいいでしょう。毎日使うごはん代を少しだけ節約して、週末にちょっといいごはんを食べに行く。何かに飽きてきたな、機械的になってきたなと思ったら、小さな変化を作ってみる。新しい世界に触れて、新たな考えや発見を見つけることは、純粋な子供心のように楽しいものだと思います。

使わない物を持つという考え方

1954年の東京。もうこの時代になると、若い女性でズック靴を履いているのはみじめであるというのが世間一般であるのを前提としてこう考えてみよう。ある女性はこのズック靴一足しか持っておらず、この靴が破れたら代わりがない状態。またある女性はズック靴を履いているが、実は家にはまだ履いていないピカピカな革靴を持っている状態。この2人は同じズック靴を履いているけれど、その気持ちは全然違うだろう。これは、まだ使わない物を一つだけ持っているという楽しさがあるからだと花森さんは言います。

新しい物をまだ持っているという心、使いたいワクワクはあるけど使わないという衝動の抑え、これらが同じズック靴を履くことでも違った気持ちを感じることにつながるのでしょう。

いっぱい物を持っているのではなく、「使う物」が一つと「新しい物」が一つあるという、少なすぎない少なさが気持ちを作るのだと思います。使わない物を持つということは、その物を心で使うということかもしれません。

一銭五厘と本当の民主主義

本書の最後の章は「見よぼくら一銭五厘の旗」という題で、戦中の暮らし、終戦の暮らし、戦後の暮らし、高度経済成長の暮らしについて、短いセンテンスでその時々の暮らしの大変さが書かれています。一銭五厘は戦中当時のハガキ一枚の値段で、赤紙(軍隊への召集令状)の値段です。つまり、兵士一人はたった一銭五厘で集めることができるということ。軍の訓練では上官に一銭五厘で兵士は集められるが、軍馬はそうはいかないとまで言われるありさま。しかしその上官すら一銭五厘だったりする。

こんな感じで28ページかけて時代時代の暮らしの大変さを花森さんは語り、ラスト3ページで、こんなことを繰り返さないために私たち庶民は「困ることをはっきり言う」という決意を語ります。そして末には、その証明として布ハギレをつなぎ合わせた「庶民の旗」を掲げると書き締めています。

一銭五厘は国家主体の人々を変えのきく駒だと見た考え方です。しかし、日本は民主主義のはず、民主主義は国に住む私たち「庶民」のためのもの。国や官僚、警察なんかがご主人なんじゃない。私たち庶民一人一人が主人であり、国は庶民に仕えるもの。私たちは自分の暮らしをしっかり考え、国の主人として、誤ちを繰り返さないように意見を言い、いい暮らしに変わって行けるようにする義務があると感じました。

いい暮らしに変わって行けるようにとは、政治がよくない方向に動けば意見を声にして正道に戻し、また暮らしがいい方向に進むように自ら進んで仕事をする。口だけでも手だけでもない、両方をしっかり行い、国の主人である意識で部下を導く道を作ることだと考えました。

作り手、買い手を超えて、人として考える

花森安治さんの文章は、本記事前編の冒頭でも書いたように「暮らしのデザイン」をしたような方です。道具の使い方や見方に始まり、お店の接客、お金の使い方、おかず、物の持ち方、そして暮らしの大変さとより良い暮らしを目指す心…誰もが感じる暮らしについて、様々な視点で考えを語り、お金が無くても豊かに暮らせるヒントを与えてくれるというものです。

無印のシリーズ本では今までデザイナーの本ばかり、つまり物の作り手の本ばかり読んでいましたが、本書はデザイナーという作り手・それを使う買い手という立場を超えた視点、本質的な人という視点で物事が考えられているのが印象的でした。

花森安治さんのように真摯に暮らしに向き合い、こんな大変な日常でも自分なりに暮らしを考えて、徐々にでもいい世界になる力になれればと思いました。MUJI BOOKS「花森安治」はサクッと読みやすいので、興味を持った方はぜひ手に取ってみるのをオススメします。


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