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きわダイアローグ14 齋藤彰英×鈴木隆史×向井知子 1/6

2023年3月3、4、5日、東長寺においてパノラマ映像とインスタレーションによる展示「きわにもぐる、きわにはく」を開催いたしました。その際、展示関係者3名(向井知子、齋藤彰英、鈴木隆史)によって行われた公開トークを編集したものを、全6回の「きわダイアローグ14」として公開いたします。

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1.  展示「きわにもぐる、きわにはく」の経緯

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向井:本日は「きわにもぐる、きわにはく」の公開トークにお越しいただきありがとうございます。本日東長寺・文由閣のパノラマ映像を制作してくださった齋藤彰英さんと、全体の空間構成をしてくださった建築家の鈴木隆史さん、きわプロジェクトを進めております向井知子で進行させていただきます。まず、きわプロジェクトの経緯についてお話ししたいと思います。

わたし自身、コロナ禍になる数年前まで、10か国近く世界各地を回ったり、国内各地を旅したりしてきました。そのなかで、さまざまな都市の近くの自然に新しいテクノロジーの風景が風土として構築されていくような場面に多く出会いました。そして、今、都市の中で起きていること、あるいは自然の中で起きていることは、単にその都市の環境問題としての話だけではなく、生態系や生命現象全体に関わることなのかもしれないと思い始めたんです。それについて考えるのに出てきたキーワードが「きわ」。「きわ」をもとに創作をしたり、いわゆる芸術系の方たちだけではなく、全く違う立場の方たちとの対話を行なったりしようと考えました。対話と言っても、言葉だけではなくて、ジェスチャーや音、ビデオ、テキスト、公開トークなど、さまざまな体験の思索となるようなインターフェイスをつくっていきたかったんです。

実際の活動としては、2021年に、東長寺・水の苑での映像音響公演「きわにたつ」と、文由閣のパノラマ映像音響公演・展示「きわにふれる」、それから、さまざまな知覚の特性をもった方たちと自然に対しての感覚をシェアするワークショップ「インクルーシブ・ピクニック」(コロナ禍のためデモンストレーションのみ)を行いました。また、コロナ禍によって、対話が非常に膨らみました。多種多様な領域で活躍されている自然科学者、人文科学者、技術者、芸術関係者など、多くの方と対話をすることができましたので、「きわダイアローグ」という形でnoteに記録したり、公開トークをしたり、実験的なビデオを公開したりしました。もちろん創作の場は大切ではありますが、それぞれが等しく、でも、異なる様相の「きわ」という場所をつくっていってくれないかなという思いから、多くの方と関わりながらプロジェクトを進めていきました。

「きわにたつ」の公演が終わったときに、随分多くの方たちから、生と死の問題についてのコメントをたくさんいただきました。これにはとてもびっくりしました。生命現象について声高にお伝えしていなかったのですが、ご覧になった方が風景を辿っていく中で、そこにわたしたちの命そのものを見るような感覚をもってくださった。一方で、生と死と言った場合に、自分自身もまだ観念的に捉えているところがあるなとも思いました。わたしたち人間も、生物の生態系の一つとして、どうしたらもっと物質的に命、生や死を感じることができるのか、知覚を開くとはどういうことなのかと考えるようになりました。それから、対話からの影響も大きいものがありました。例えば、「きわにたつ」でもダイアローグパートナーを務めてくださった渡邊淳司さん。彼とは「きわにたつ」の公演当日まで、直にお目にかかったことはありませんでした。実際に制作した作品をご存じなかったにもかかわらず、公演をご覧になったときに「わたしはここに関与していたんですね」とおっしゃったんです。それによって、創作そのものに対して、自分自身が手を動かしていなかったとしても、何か生まれる場所に関与するというのはどういうことなのかということも考えるようになりました。

そういうことがあったうえで、きわプロジェクトにおいて次のことをやりたいと思ったとき、まずパッと頭に浮かんだのが齋藤彰英さんでした。何年も前から齋藤さんも水ぎわを撮っているという話をお伺いしていたこと、それから、「きわにたつ」とほぼ同時期に齋藤さんがやられていた個展「東京礫層」を観たときに「これらの写真を投影して、その中に埋もれてみたい」と感じたことが理由です。齋藤さんは学術的にもフィールドワークをしっかりやられている方なのですが、撮られた写真群はとても身体的で物質的でした。実際に水や地層の中にもぐったわけでもないのに、齋藤さん自身がそこにもぐっていって、「は―っ」と息をはくのを感じるような感覚があったんです。お互いに影響があるのか、ないのかはわからないけれど、何が生まれるか、とにかくこの人と試したいと思ってお声がけしました。

鈴木隆史さんはこれまでもわたしの制作を見てくださっており、いろんな対話をたくさんしてきていました。わたしはずっと、例えばきわダイアローグのように、芸術の領域に収まらないきわをどうやってつくっていくかを考えていましたので、収まらないものを体験の場所に落とし込むことをいつか一緒にやってほしいということはお伝えしていたんです。そうして、2021年の2つの公演やダイアローグを観てくださったあと、「せっかく立体的なダイアローグがあるのだから、創作との連動性・立体性をもう少し自然に結び付けられないのか」「一見さまざまなことを扱っているように見えても、そのさまざまな手法的なもので出てきたものが、ある場所にあったときに一つの方向を向いているんだっていうのが見えるかもしれないよ」とおっしゃってくださった。そういった経緯があって「では次の展示は一緒にやりましょう」と、今回お声がけをしました。ここまでがプロジェクトの経緯になります。

ではまず、齋藤さんのこれまでの写真家としての活動と、実際に今日、映像が立ち上がって感じていらっしゃることを伺いたいと思います。

齋藤:プロジェクトに関わらせていただくにあたって、最初に「きわ」というキーワードについてすごく考えました。僕は普段、写真を撮影して、プリントして、額装あるいはインスタレーションとして展開する、という展示の方法を取っているのですが、今回は、写真の比率とは全く違うパノラマの映像作品としてつくらなくてはなりませんでした。これまでは目的をもって撮影をし、最終的な空間を想像して制作に臨んでいたのですが、今回は特殊な空間性を体で理解できていなかったので、最初からしっかりと考えることはやめ、結構無計画に作品をつくりました。最終的には、パノラマの円形空間の中に写真を配置して、上演するという形になっています。

先述したように明確なテーマやモチーフはそこまで決めなかったのですが、東京礫層をはじめとする、多摩川や相模川、それから東京の西方から流れ出る河川がつくり出した地層に関心があったので、今回も礫層に関しての撮影をしました。水は、地形に沿って流れていきます。そうした地形のきわを可視化してくれる河川を、改めてきわというキーワードのもとで見るようにしました。日常的に川を見るときって、水平方向ですよね。でも今回の撮影では僕は、橋の欄干から体を前にせり出させて、真俯瞰からのぞき込むようにして行いました。また、1箇所につき1回の撮影ではなく、シャッタースピードを変化させながら撮影を繰り返しています。最初は0.5秒や1秒で撮影し、だんだんと速度を遅くし、最終的には1時間くらいにする。今回の作品では、そうした露光時間を変えて撮影した写真を繋ぎ映像作品としています。

礫層というのはかつての河川がつくったものですが、現在の河川の川底に見られる砂利たちもそこから地下につながって、礫層とまたつながっている。自分もその砂利の中に入り込み、東京という土地の中に埋もれていくというイメージで、今回の作品を制作しました。

「きわにもぐる、きわにはく」(2023年)
齋藤彰英
曹洞宗 東長寺 文由閣、東京
記録写真: 矢島泰輔

ここ数年は、東京礫層やフォッサマグナといった地質的なものを、実際に自分で移動しながらフィールドワークをしています。僕自身は地質の専門家ではないので、どうしても素人的なリサーチにはなりますが、できる限り自分で調べて、自分で歩いたうえで見えてくる景色を撮っているんです。リサーチを経て写真を撮っていくことで、『東京水辺散歩』の出版につながるなど、近年自分の作品がいろんな方向に展開できているという面白さがあります。一方で、それゆえにやりづらい部分もあります。例えば地層のことなどを調べるためには、グラフや数値なども見なくてはなりません。すると、もともとは感覚的に撮っていた写真に対して、学術的なことを頼りにせざるを得ない状況になってきます。そのため、浅はかなリサーチでモチーフにしていいのか、とはいえ、面白いし……というジレンマを抱えていました。そういう思いがあったので、今回の「きわにもぐる、きわにはく」においては、改めて感覚的に進めてみようと思ったんです。最初にお話ししたように、あまり考えず、自分の心地よい空間や景色を探す。しかも撮影している時間を重要視して、その時間を展示空間の中で表現できたらいいなと考えた結果、今回のような作品になりました。

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齋藤彰英(さいとうあきひで)
水が作り出す景色をテーマに、写真を用いたインスタレーション作品を制作。主に、糸魚川静岡構造線やフォッサマグナなど、日本列島の形成過程を記憶する場所や、その土地に育まれた文化を対象にフィールドワークを行い制作活動を行なっている。近年は、首都圏の地下に広がる地層「東京礫層」に着目し、太古の水が作り出した扇状地としての東京と現代の東京との繋がりを作品制作の題材としている。

鈴木隆史(すずきたかし)
建築家。香山建築研究所設計主任。左記設計事務所にて、「京都御苑の三つの休憩所(2022年)」「東広島市美術館(2021年)」「太田市民会館(2017年)」「東京大学安田講堂改修(2014年)」等、公共性の高い建築の設計に携わる。

向井知子(むかいともこ)

きわプロジェクト・クリエイティブディレクター、映像空間演出
日々の暮らしの延長上に、思索の空間づくりを展開。国内外の歴史文化的拠点での映像空間演出、美術館等の映像展示デザイン、舞台の映像制作等に従事。公共空間の演出に、東京国立博物館、谷中「柏湯通り」、防府天満宮、一の坂川(山口)、聖ゲルトゥルトゥ教会(ドイツ)他。

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冒頭記録写真:矢島泰輔

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