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きわダイアローグ07 埋立地のビオトープを歩く〈北九州市響灘ビオトープ〉1/4

2020年秋、前年に引きつづき北九州市響灘ビオトープを撮影させていただき、その際、同園長の安枝裕司さん、職員の三上剛さん、山本悠画さんにお話を伺いました。ここでは、三上さんと山本さんに伺ったお話を公開します。

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1. 絶滅危惧種が寄ってきた

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向井:この辺りの地域で埋め立ては、どのくらい前から行われていたのでしょうか。

山本:響灘地区は1980年代から埋め立てが始まりました。そのため、当時ここはフェンスで覆われていたんですね。あるとき、次世代システム研究所 *1 で所長をされていた岡本久人先生がベッコウトンボがこの付近(のちに響灘ビオトープになる場所)で飛んでいるから、もしかしたら立ち入り禁止区域内に棲んでいるかもしれないとおっしゃったんです。それで中に入ってみたところ、ここで繁殖し成虫になっていることがわかりました。埋め立てた場所にすみついていたのです。50年ほど前には日本全国で30県近くいたベッコウトンボは、2000年代になってからは、どんどん数が減ってしまって、今では静岡県、山口県、福岡県、大分県、鹿児島県の5県にしか生息していません。北九州市のシンボルではないですが、ベッコウトンボの棲む大事な場所として、維持をしなければいけないなと思っています。

ベッコウトンボ(絶滅危惧IA類)
撮影:岩本光徳、提供:北九州市響灘ビオトープ

山本:絶滅危惧種の中でも、結構危うい状況で、種の保存法 *2 という法律でしっかりと守られている生物なんですね。そのため、北九州市としても、この湿地に工場などを建てるのではなく、人が手を加えて、生き物たちが住める空間をつくる場所、つまり、ビオトープにしようと構想したようなんです。ベッコウトンボが、このビオトープをつくるきっかけになりました。

三上:今は川が氾濫しないように整備されていますよね。川が氾濫することでできていた水たまりに生活していたトンボなど水辺の生きものの棲む場所がなくなってしまっているんです。そのため、現代では、人工的に湿地を掘らないと、それらは絶滅してしまいます。自然にできた湿地は乾燥して、草地になり、やがては森林化します。自然の原理として、年月とともに移り変わっていくのが当然ですが、その流れをリセットをしていたのが川の氾濫のような自然現象です。それを抑制することは、人間のためには必要なことです。しかし、湿地を好む生き物たちにとっては、厳しい状況をつくってしまっているんです。

響灘ビオトープ内マップ
北九州市響灘ビオトープ・リーフレットより
響灘ビオトープ内の湿地帯
撮影:向井知子

向井:ここの湿地はどのように保たれているのですか。

山本:風景を保つため、数年に1回、重機で枯れ草などを取り払っています。響灘ビオトープ内には、3つの池があるのですが、それぞれ期間を空けて掘るという作業を行います。毎年掘ってしまうとなかなかこの風景にはなりません。ベッコウトンボは、少し草が生えている状態の湿地を好みます。掘ってすぐはまっさらな状態ですので、それから2~3年くらい経った頃にベッコウトンボの産卵場所になります。掘ることも必要ですが、待つ時間も必要なんです。あとは、自分たちの背丈以上になった草は、草刈り機で刈っています。ヨシという草が多いのですが、茂りすぎないようにしています。ベッコウトンボは、草があまりにも生い茂っていると産卵にやってきませんし、逆に、完全に水面がひらけていても外敵に狙われる可能性が高くなるのでやってこないんです。ここはオープンして2020年で9年目になりますけれども、そのうちショベルカーで掘ったのは3回〜5回ほどだと思います。
絶海の孤島というわけではないですが、ここは、陸上動物にとってたどり着くのに結構厳しい場所です。橋が2本あるだけで、あとは海を何百メートルか泳がないとなりません。そのため、羽のある昆虫や鳥の仲間が多いです。ベッコウトンボ以外の絶滅危惧種も生息しています。ちなみに、ここの水は雨水だけの淡水です。

向井:海に近いですが、掘ったときに下から海水は入ってこないのでしょうか。

山本:管理型の処分場なので、完全に遮水してあります。ここを埋め立てる際、必ず50センチ以上自然の土を覆土する廃棄物処理法に則って埋めていますので、浚渫(しゅんせつ)という掘る作業をするにしても、50センチより掘らないようにしています。あまりに掘りすぎると、何かしら出てきてしまうため、枯れた植物を取り払うくらいに留めています。枯れ草はどんどん積み重なって、水面を覆ってしまうので、それを少しでも開け、ベッコウトンボが産卵できる環境をつくっているんです。

向井:最近、かつては山や川など野生の場所に生息していた生き物が、都市で生息するようになったことで、環境に合わせて進化しているという話を伺う機会があったんです。つまり、都市部の生物は進化の最先端であると。そう考えたとき、ここはすごく象徴的で面白いなと思ったんです。ここに生息しているそのベッコウトンボやミサゴなどの生き物は、他の山や湿地帯に生きているものと生態として違う部分があるのでしょうか。

山本:開発によって、アスファルトとコンクリートの場所が増え、湿地、草原の面積自体が減ってしまっているため、ここのような場所に希少な絶滅危惧種がやってきているんですね。本来の生息地に近い場所が偶然できあがったから、寄ってきたわけです。だから、適応しているというより、過去のすみかに帰ってきたというのが本当のところじゃないかと思います。生き物自体も生息地の減少によって、生息数が少なくなり、絶滅危惧種となっています。今、水田は、米の生産量をアップさせるために農薬を使用していますよね。そういった事情もあって、里山ではなくビオトープに棲みつくようになったのかもしれません。

三上:今、溜池なんかでも、最初からコンクリートで囲んでしまっています。そのほうが、草刈りもしなくてよいし、崩れもしないし、管理が楽ですよね。生物が棲んでいたような場所がコンクリートになってしまったことが、ベッコウトンボの減少の原因の一つではないかと考えられています。

向井:半世紀でとても減ってしまったのですね。

山本:私は、湿地に関することを専門としているのですが、本当に半世紀でそうなったと思います。高度経済成長期の1960年頃から、湿地の生き物は一気に減ってしまっているんです。

向井:釧路湿原や尾瀬は貴重な場所なのですね。

山本:そういう大きなところは、環境省国立公園などに指定され、しっかり保全、整備されています。またラムサール条約 *3 によって、特に水鳥などが棲み着くような湿地を守る活動をしている場合がありますね。

三上:うちのような人工的な湿地でも、ラムサール条約に登録してくれようとはしています。国の重要湿地は今六百数十個あるのですが、響灘ビオトープもその一つです。その登録確認をしに来てくれた方が「これからは人工湿地もラムサールに登録していこうと思っているので、ぜひ手を挙げてください」と。ただ、今のところ実現していません。

向井:もったないですよね。ここまでわたしはタクシーで来たのですが、その運転手さんも「ビオトープって何?」と。「こういうところです」とお伝えしたら、「北九州市にそんなものがあるんですか。市民として知らないのは恥ずかしいです」とおっしゃっていましたけれど。

山本:同じ区内の方でも、響灘ビオトープに来たことがない、そもそも名前も知らないという方はいらっしゃるかと思います。

三上:こういう場所が好きな方は、ちょっと遠くても、いち早くアンテナに引っかかるんです。でも、こういうことに全く興味がないと、地元にあったとしても素通りされてしまう。市報などにイベント告知等出してはいるのですが、興味がない方には届いていないんです。そういう人たちへのアプローチは難しいところです。ただ、最近、マスコミ関係への新しいアプローチをしており、特に自然に興味があるわけではないけれど「ニュースで見て初めて来ました」という方もいらっしゃるようになってきました。これで来場者がどんどん増えたらいいなと思っています。
それから、市内の小学4年生が「アクティブ・ラーニング」という形で、ビオトープのような施設に来て学ぶ時間があるのですが、北九州市は環境に関して熱心なので、このような施設が多いんです。そうすると、施設同士で取り合いのような形になり、最近では、必然的に割り当てが減ってきてしまっていますね。

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*1 次世代システム研究所
2001年4月に九州国際大学に設立された施設。価値あるものを造って大切に長く使う社会を意味する「ストック型社会」のシステムに関する理論を、この研究所を拠点にして、次世代システム研究会会員および多岐にわたる団体・機関との研究活動によって形成している。研究所自体は2007年9月に閉鎖されたが、現在は研究会としてWeb上で活動を展開している。(事務局は引き続き九州国際大学に設置されている。)

*2 種の保存法
国内外の絶滅のおそれのある野生生物の種を保存するため、1993年に施行された法律。
正式には「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」と称し、国内に生息・生育する、又は、外国産の希少な野生生物を保全するために必要な措置を定めている。

*3 ラムサール条約
1971年「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」として、イラン・ラムサール市で開催された「湿地及び水鳥の保全のための国際会議」で採択された。湿地の「保全・再生」、「ワイズユース(賢明な利用)」、これらを促進する「交流、学習(CEPA)」という3つを条約の柱とし、現在では水鳥の生息地のみならず、人工の湿地や地下水系、浅海域など、さまざまな湿地帯を対象に、保全と適正な利用を図ろうとするものである。

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