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きわダイアローグ05 手嶋英貴×向井知子 6/6

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6. 人間が自然な営みをつくると、人工物が増える


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向井:昨年(2019年)は高野山や熊野にも行きましたけれども、特にこの10年くらい、日本人は昔からどうやって自然と向き合ってきたのかを考えていて、屋久島、上高地、出羽三山など、さまざまな山や森に入ってみているんですね。手嶋さんは先ほど、自然と向き合うのはすごく大変だとおっしゃっていましたが、わたしが行けた場所って、実は、人間が切り拓いているところばかりで、本当の自然のなかに入っていない。ただ、わたしが行けるということは、人が自然と折り合いをつけようとしていたきわ。そういう、人が自然と暮らしのなかで向き合った、関係しようとしていた場所をいろいろ回りたいと思ったんです。比叡山は焼き討ちのイメージが強いせいか、荒っぽい場所なのかなと勝手な思い込みがあったのですが……。

手嶋:比叡山のお坊さんたちも、ある時期までは一部の衆徒が武装して、僧兵のようになっていました。信長に焼き討ちされる前でも、比叡山の東塔のエリアと西塔のエリアで、それぞれの僧兵が敵対し、合戦をしていた時期もありました。そういう意味では堕落した歴史が過去にあったのは事実ですし、信長に焼き討ちにされたことが、一面では本来の姿に戻るきっかけになったともいえます。古いものや大事なものはなくなってしまいましたが、最澄さんが本来やろうとしたことを実現する場所に戻ることができたのは、宗教的な観点から見ると意味のあることだったと思います。比叡山に登ってみて、向井さんが感じたことを言語化すると、どんな感じなのでしょうか

向井:先ほどもお話ししましたが、高野山は現実の世界から分断されている感じがあって、どこへ行っても閉塞感があったんです。比叡山に登ってみて、わたしが気持ちいいと感じるのは、ちゃんと空気が通っている場所のことなんだと思いました。坂本から案内していただいたおかげで、なおさらわかりやすかったのでしょうけれど、比叡山は、その山並みや、自然の成り立ちそのものに寄り添っていることをすごく感じました。偶然の積み重ねであったとしても、見える/見られる、まなざしを向ける/与えるということが、意識していなくても日常のなかにふとあるのだというのを感じました。もちろんそれぞれのお堂の近くには独特の気が流れていますが、それに対して、自然への畏怖はあっても怖くはなかったですね。
今、移動することがすごく重要だと思っています。移動の範囲みたいなものが、今現代すごく問われていますよね。少し話が飛ぶようですけれど、北九州のビオトープへ行った際、生物にとって、動けることは重要だという話を伺いました。ある生物を一カ所で守るだけでは、その種の保存はできないそうなんです。自然災害などがあったっときに、地続きじゃなくても移動できる場所があることがすごく重要だと言われていました。比叡山の上には、峰に合わせて、多くの建物がつくられています。全体としてつくられているわけではなく、そのときどきに合わせて点在している。それを移動していくみたいな形が、人間も生物の営みと考えたときの生態系の自然な成り立ちを具現化しているなと思いました。

比叡山の峰々と琵琶湖

手嶋:山の上には普通、人が住むことはありません。建物をつくったり、服を着たり、お経を読んだりはしていますが、生活感覚には確かに、野生動物的なところが入っています。比叡山には、ムササビやイノシシ、シカ、サルなどの動物が棲んでいます。そういう意味では、共存しているのかもしれません。里にいるときの日々の忙しさは、人工物や生産の場を守るための営みが中心になるんでしょうけれど、比叡山では生産はしていません。修行の場なので、修行ができる環境を維持するためだけの場所なんです。米づくりもしないし、野菜づくりもしない。それでも、あれだけ山の上で暮らすとなると結構大変ですから。

向井:人間も生命維持の範囲で動いている場所なんですね。暮らしといっても生きるための延長といいますか。

手嶋:きわというか、人間が本来住むような場所ではないところで、飛び地のように住んでいるイメージですね。だから、年を取って体力がなくなると、山の上での暮らしはつらくなります。山から下りてきたお坊さんが住むのが、ふもとにたくさんある里坊なんですね。わたしの師匠がよく言っていたのは、山の雰囲気が守られているのは、家族が住んでいないからなんだと。家族というものは、子どもを産んだり、子育てをしたり、それを優先にして物事を回します。子どもを育てるためには、生活の糧も得ないといけません。ふもとにはたくさんの家族が住んでいますが、山の上に家族はいないんです。大人の集団で、子どものいない世界ということで、独特の雰囲気が生まれている部分もあると思います。

向井:普通の暮らしとは違う場所にもかかわらず、比叡山には人工的という感じはあまりしませんでした。

手嶋:生きていくのに最低限の施設しかつくっていないですからね。人間が自然な営みをつくると、人工物が増えるんです。大人が暮らしていくだけだと、最低限のもので済みますが、子どもがいたら、それを守り育てるための人工物が増えるのではないでしょうか。比叡山はそこで特別な営みがなされている山だというのは、里に住んで普通の生活を送っている人たちも知っています。そういう特別な山で、そこでしかできないことをやっている人たちが山の上にいることを、常に想像するからこそ、普通の山に見えないところがあるのだと思います。なんの先入観も知識もない人が、大津京の駅から山を見ると、あそこに山があるな、としか思わないでしょう。学生でも、比叡山の中がどうなっているかを知らない人は多いんです。そういう人たちと山へ入って、いろんな説明をすると、「中のことを知ってからは、比叡山を見る目が違ってきました」といったようなことを言ってくれる人もいます。やはり山自体が、いろんな人たちにとっての意味や意義の集積地なんです。一方で、この山はこういう山だという、知識や経験に基づく見え方を持っていないと、ただの山にしか見えないという事実はあります。意味や意義は目に見えないですし、それを知らない人や感じない人にはないものと同じですよね。カテドラルなどは見てすごいとすぐわかりますが、山は、何も知らないと単なる山にしか見えない。そこにどんな意味や歴史、積み重ねがあるかを知って、初めて特別な存在になる。そういう例の一つが比叡山なんじゃないかなと思います。

向井:ただ、琵琶湖と山の等高線が平行になっていたり、坂本の街が完全なグリッドではなく、見え方が変わるようにできていたり、山から流れてくる水が、各お庭を通って琵琶湖に入っていたり、普段の日常で意識しなくても、無意識の感受性として、山と琵琶湖でという自然の関係が、特別な意味でつながっているということを体得するような仕組みが、街中にありますよね。

手嶋:そうだと思います。高野山はわざわざ詣でに行かないと行けない場所です。それに対し、比叡山は、昔からどこかからどこかへ移動する人たちの傍にありました。昔は関東や北陸などから京に入るとき、陸路より船のほうが速かったんです。そうすると、船で坂本まで来て、比叡山の南側の山中越えで京に入るか、逢坂越えで入るかしかなかった。比叡山は通行料を取る関所をずっと管理していたんです。だから、人の流れと常に一緒に発展してきたところがあります。そういう、人や水、空気、ものなどの流れと、常に接する場所にあったのは確かなんですね。人にしても、自然の水にしても、ものにしても、空気にしても、流れの有無というのは、高野山と比叡山との違いとしてあるかもしれません。

向井:だから、とても気持ちよかったんですね。そのおかげで、異質な場所にもかかわらず、自然と思えたのかもしれません。根本中堂があっても、中心が一つではなくて、山全体に意味があるんですね。

手嶋:比叡山では木が少ないところに行くと、バーッと琵琶湖が見える開けた景観が常にあるんです。それが、ある意味で、逃げ場がある安心感をもたらすのかもしれません。やはり、比叡山の正面に琵琶湖があるという部分が、ほかの山や盆地とは全然違う雰囲気や景観をつくり出していると思います。

向井:開けた場所があるから、どこに行くのかがわかるんですね。

比叡山ケーブルカー延暦寺駅付近から琵琶湖を望む

手嶋:琵琶湖を眺めてみると、地理的に自分がどのあたりにいるか、大ざっぱにですが常にわかりますしね。比叡山からは、人間の住んでいる街も見えますし、昔だったら湖上交通で行き交うたくさんの船も見えたでしょうし。景観という意味ではやはり琵琶湖と切り離して考えることはできません。それから、水をうまく使っているエリアだともいえると思います。生活用水としてだけではなく、文化的な価値をつくるための活用ですね。

向井:東京も水の街で、武蔵野の台地を流れている水脈みたいなものを、本来は感じられるはずなんです。しかし、今はさまざまなところが暗渠になってしまって、見えている川もありますけれど、本来そつながりが見えていたものが見えにくくなっています。例えば、玉川上水は羽村取水堰から内藤新宿(新宿御苑大木戸門あたり)まで、武蔵野台地を横断して、江戸の庶民の生活用水として引かれたものですが、都心に近づくにつれ暗渠になります。しかし、幡ヶ谷のあたりには昔のれんが造りの水路が残っていたり、新宿中央公園には地下に水を流すための装置があったりする。人の営みのあるところは絶対水ぎわで、そこは、自然と街の暮らしを必ずつないでいるものなんじゃないかなと思うんです。人が何かを捉えていくときのサインというか、予兆が、きわにはあるのではないかと思います。

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撮影:向井知子

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