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【美しい日本語】⑤ 夢幻泡影




前菜🥗: いらっしゃいませ👨‍🍳

みなさんこんにちは!
体調はどうですか~?
6月ももうあっという間で、そろそろ7月ですね。
6月といえば梅雨。 
梅雨に入った地域も多いと思います。
じめじめとした暑さが厄介なこの時期ですが、
できるだけ無理せず、1日1日を過ごしていきましょう~!

スープ🍲:「夢幻泡影」の意味

「夢幻泡影(むげんほうよう)」➡人生や世の中の物事は実体がなく、非常に儚いこと。


メイン🍖:「夢幻泡影」にまつわるオリジナルストーリー

葵とこうやって2人で並び、昔ながらの駄菓子屋さんや地元のスーパー、コンビニがぽつぽつと配置されている田舎道を歩くのが好きだ。

「高校卒業しても桃花と一緒にいたいなぁ、一緒に住みたいしずっと仲良くしてたいよ~、桃花は?」
「うん、私もそうしたいな」

葵に同意した瞬間、きらめいた笑顔を見せ、手を繋いできた。
私たちはクラスメイトからも親友認定されているほど仲がいい。
学校でも葵は手を繋いできたり、抱きついてきたり、さらにはお姫様抱っこまでしてくるからだ。
葵は華奢な見た目をしているが、力持ちな一面もある。
葵のパーソナルスペースの近さに時々鬱陶しさや恥ずかしさを感じてしまうものの、そんな葵が私も好きだった。
私は元々友達を作るのが苦手だったのだが、高校1年の入学式の次の日、葵が持ち前の明るさを振りかざして、私に話しかけてくれた。
そのおかげで私たちは仲良くなったのだ。

「桃花~好きだよっ!」

クッキーが半額で売られている駄菓子屋さんに目を奪われそうになっていた私に葵が直球を投げてくる。
「私もっ!」と握っている手に少し力をこめた。
分かれ道となり、手を振りあってそれぞれ家に戻っていく。
自室の椅子に腰かけ、日記帳を開いた。
パラパラとページをめくってみると、葵との思い出ばかりが目に飛び込んでくる。
学校のつまんない授業中も、親と喧嘩して悲しみに溢れたあの夜も、葵と会うことを考えたら乗り切ることが出来た。
ふふと思わず笑みをこぼしながら今日の日記を記し、眠りに落ちた。


目が覚めると、LINEの通知が1件入っていた。
葵からだ。

助けて、桃花、家

いつもにこやかで明るい葵からの初めてのSOS。
いつも丁寧に言葉を紡ぐ葵の不自然な日本語。
ドクドクと心臓が打つのを感じる。
これはただ事じゃないと思い、すぐバッグと財布をとって家を出た。


「お前が悪いんだろっ!役たたずめ。お前なんか消えてしまえ」

どぶとい暴言が桃花の家から聞こえる。

ピンポンピンポーン

何度かチャイムを押すとその怒鳴り声は一瞬静まった。
その隙を狙い、鍵の閉まっていない窓を開け、近くに丸まっている葵の手を取って一目散に逃げた。
葵の父親が何か叫んでいたが、それでも走り続けた。
どのくらい走っただろうか。
初めて来る海に着いていた。
目の前にある大きな水溜まりは、どこまでも青く広がっていて、足元を支える白い砂浜は時々キラキラと光っている。
あの、耳に刺さる声を聞いて危険を感じたままに走ったせいか、葵の方をよく見ていなかった。
恐る恐る葵を見ると、腕と足に赤黒いあざが何個も浮き出ており、唇からは血が出ている。

「ねえ、大丈夫?いつもこんなことされてるの?」
「うん、でもね、私が悪いから仕方ないの」

知らなかった。
葵のことをなんでも知っている気でいたのにこんな大事なことも知らないなんて…
それに自分のことを責めている葵の姿は初めて見た。
ずっとずっと葵は苦しんできたのに私は…

「ごめん」
「ふふふ、何で桃花が謝るの?」

こんな時にも葵は笑ってみせてくれる。
それが私を一気にほっとさせてくれた。
葵の笑顔は私に、もう大丈夫だよと語りかけてくれている気がした。

「ね、ね、これ持って!!」

そう言う葵の手にのっているのは糸電話だ。
いつの間に手に取ってきたのだろうか。
白い受話器を渡され、私たちは糸をピンとさせるように、海岸線沿いに距離を取った。

「聞こえる?」
「聞こえるよ」

この音質の悪さが、糸電話の懐かしさを思い出させる。


「これなら普段話せないようなことでも話せるかなって思ってさ。私、桃花のこと好きだよ」
「うん、それはもう何度も聞いたよ。私も葵のこと好き」
「そっか、よかった」
「うん」
「桃花さ、私より仲良くしたい人とかできたらどうする?私を捨てる?私には桃花しかいないけど桃花は違うんでしょ?そうなったら寂しいなって。そうなったら私死ぬしかないね」

いくら父親に葵が暴力を振るわれていたとしても、
死ぬとか言われるのはさすがに重く感じた。
死ぬなんて言葉は大げさだ。

「葵のこと捨てるなんて絶対ないし、これからも仲良くしよ?ね?」
「うん、分かった。桃花、ずっと一緒にいようね」

太陽光が反射していて、葵の表情は分からない。
声はいつもの葵に戻っている。
ただ、その中にまだ寂寥感が滲んでいる気がしたが、気のせいだろう。
糸電話の繋がれている部分を緩め、海を背に私たちは歩いていった。


葵の頬には涙を流した跡が残っていたことに私は気づかずに…


次の日、葵は亡くなった。
電車に身を委ねたようだった。
日中だったためか目撃者が多く、SNSで動画が流れていたり、正義を振りかざす人達が葵のことを批判したりしている投稿がまわってきた。
葵のこと何も知らないのに、SNSで葵の最期を無碍に扱う人たちに怒りを覚え、どうにもならないこの気持ちを沈めるために、地面を思いっきり蹴る。
でも、それ以上に葵にとんでもなく腹が立つ。

ずっと一緒にいようって言ったじゃん
葵には私しかいないって言ってたじゃん
私だって葵しかいなかったよ

「私はまだ葵と同じ世界線で生きてたのに、なんで私を置いて死ぬんだよ!ばかーっ!」

怒りの次は後悔の波が私に押し寄せてきた。
まず、葵が隣にいることが当たり前だと思っていたこと。 
あんなにもゼロ距離だったのに、どこに行っちゃったの… 
心のどこかで恥ずかしいと思っていた自分が憎らしい。
葵が毎日ずっと隣にいるものだと思っていた。
この日常に終わりが来るなんて思いもしなかった。

あとは昨日の葵の笑顔にホッとしてしまったこと。
私は葵の笑顔を見たままに受け取ってしまった。
笑っているなら大丈夫だと思ってしまった。
死ぬなんてありえないという考えは軽率だった。

今思えば、あのあざまみれの腕や足が大丈夫ではないことを物語っていたではないか。
軽く考えすぎていた私。
親友ならもっとできることあったじゃんか
バカなのは葵じゃなくて私じゃないかっ!

後悔の念に駆られ、どうにもならないこの気持ちをどうにかしたくて石を地面に叩きつける。
葵の「死ぬ」は初めて聞いた。
いつもの明るい葵には似つかわしくない言葉だ。
私はこれからどんなことが起きようと、葵のそばにずっといるってちゃんと葵の心の奥に届けるべきだった。
私は葵の深いところに潜ろうとはしなかった。
見ようとしなかった。
私だからこそ葵は救いの手を差し伸べてくれたのに、私は振り払ってしまったのだ。

最低だ…

待ってて、葵

タタタッ

私は勢いよく向かってくる電車に対して、垂直に駆けて行った。


葵が死んで1週間経った。
私が電車に飛び込んだあの日、不思議な力が働いた。
ふわりと宙に浮かんだ私は、まるで時間が止められたように、空中で固まったのだ。
私の下を電車が通り抜け、通過したあと私は地に落ちた。
こんなわけで、私は死ねなかったのだ。
これから私はどう生きていったらいいのか、今だに分からずにいる。
生きる理由なんていらないよとかよく聞くけど、人は理由がないと生きられない。
生きる理由を失った私はこれからどうすれば…

今日こそ、そっちに行ってもいい?葵
ずっと一緒って言ってたもんね…

タタタッ…
バンッ……

今度はすごく深いところに潜り込めた




「今回はこっちに連れ込んじゃった…」
「先にいかないでよ…おばか。これでもうずっと一緒だよ、葵」


♡fin♡




ドルチェ🍨:今回の小説を書いてみて

今回の小説を書いてみて、日々の当たり前だと思っていることは決して当たり前ではないことを改めて感じました。 
思いを伝えるべき人には、自分の気持ちを目を見て話すべきだし、今日が人生の中で最後だと思いながら、日々をどうやって生きていくか考えることも大切なのではないかと思いました。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました✨
また次回もお待ちしております(∩ᵔ꒳ᵔ∩)♡

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