見切りをつけた喫茶店
うんざりした顔をして目の前に座る男が目を合わせようとさえしないことにもさすがに慣れてきた
もうすぐ16時半
ここに来てから1時間半も経っている
私も私で帰りにステーキを200g食べて帰ろう
そんなことを考えながらぼんやり男の顔を見つめていた
だんだんと西日が差してきていて目にまぶしくて困る
うんざりした顔をしている目の前の男は何にそんなにうんざりしているんだろう
帰りたいなら帰ればいいのに
うんざりした顔に私への嫌悪感をにじませているくせに
会話をする気もないくせに
そんなことを考えていた
そういえばどうして私もここでこんなことを考えながらぼんやりこの男の顔を見つめるだけのことをしているんだろう
唐突に視界がくっきりした気がしてびっくりした
ステーキ屋に行こう
私が席を立つとしばらく話していなかったからか男は咳払いをしてから帰るのと聞いてきた
今日はじめて目が合ったね
そう思ったら少し笑えた
店を出る時に振り返って見た男の顔は私が最初に好きと言った日のままだった
ステーキ屋に入るのなんて何年ぶりだろう
ふわふわした記憶を辿りながら200gのステーキを注文する
夕飯と呼ぶにはまだ早い時間帯
ちらほら居る男性客に紛れている自分のちょっとした異質さを愛しいと思う
人生が本当に80年続いたとしてあの男との時間なんて80分の1にも満たない
それなのに多分あの男が好きだと言ったコンテンツや一緒に居た季節や口癖を耳にした時
ふとした時のすべてにきっと思い出す
引き出しの奥にしまいこんだりせずに取り出しやすいところに置いてチラチラ見ることになる
目の前に差し出された久しぶりのステーキはとてもおいしそうで写真を撮ろうと取り出したスマホにはメッセージが入っていた
「ありがとね」
あんなにうんざりした顔をしていたのにお礼なんだとも思ったけど
もしかしたらあれはうんざりという顔ではなかったのかもしれないとも思ったけど
「こちらこそありがとう」
それだけ送ってブロックした
湯気で目の前が歪むと思ったら少し泣いてた
少しだけ泣いてた
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