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たからもの

もうこれ以上、大切なものなんて増やしたくなかったから、目の前の景色をものすごい勢いで変えた。

モノもヒトも目の前に広がっている風景でさえ、形あるものはいつかは消えてなくなる。しかも失うと痛い。私は両手に収まるだけの“大切”を大事に包み込んで、これ以上“大切”が増えないように自分と世界に線を引いた。

自分から動かないとそれ以上にも以下にもなり得ない、限りなく閉塞的な空間。
閑散とした光景を思い浮かべるかもしれないけど、他人と比べて落ち込んで、必死にもがいても上手くいかなくて、画面の中の世界に縋るしかなかったあの時よりもずっと平穏だった。

平穏な空間は、自分と向き合う時間をくれた。自分を見つめ直している間に、大切な人たちの想いが見えてくるようになっていた。いろんな形の愛に触れると、漠然とした焦りとか虚しさとか不安から解放された。それだけで十分幸せだと思えた。目の前に存在してくれる“大切”に、想いを返していける人になろうと強く誓った。はずだったのに、
慣れない場所で不安な自分を鼓舞し続けられるほど強くはなれていなかったらしい。

あの日、私は孤独に負けて握り締めていたはずの手をうっかり開いていた。たった一つのチョコレートで、目の前の景色が魔法みたいに変わっていった。
うっかり足を踏み入れてしまったその世界は眩しくて、束の間の青春だった。痛い思いは何度もしてきた。物語の世界で観ているだけで十分だと線を引いたはずなのに、手放したくなくて、気付けば手のひらから零れ落ちないように必死に両手を広げていた。一際気になるのあの子の手を掴もうとさえしていた。

今日も目の前の景色が目まぐるしく変わっていく。

笑い疲れて、うとうと電車に揺られている。
「また会おうね」
ありふれたやりとりが嬉しくて、
思い出すだけで口角が上がってしまう。
束の間だと思っていた私の青春にも続きがあるのかもしれない。

寒空の中、両手で身体を温めながら帰路に着く🍂

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