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世間師と他火の話

初めて澁澤事務所を訪れたときのお話です。
まるでイギリス映画に出てくる法律事務所のような澁澤事務所のソファに腰かけ、仕立ての良いスーツに身を包んだ澁澤寿一さんに圧倒され、30代の私は何を話してよいかわからず、思わず「私、世間師になりたいんですよね」と言いました。
澁澤さんはそのことをよく覚えていらっしゃいました。
その当時は、「世間師」というのは必ずしも良い意味ではつかわれないことが多くて、世の中のことをよく知っていて、口でごまかしながら生きているというようなイメージでとらえられていた時代だったそうです。もっと言うと、澁澤さんと私の年齢差は10年あって、世間という言葉自体、澁澤さんから上の世代では良く使われていたそうですが、それから10年後の私の時代は「社会」という言葉の方が一般的だったようです。なので、30代の若い女の子(?)が「世間師」という言葉を使ったことにとても驚かれたようでした。
余談ですが、私はそのころ、五木寛之さんの「風の王国」という小説にはまっていて、文庫本の最後の解説で「セケンシ」という言葉を知り、魔法にかかったように、その言葉が頭から離れなくなりました。
で、いきなりでしたが、初めてお会いする方に「セケンシになりたい」と言ってみたくなったのです。
「風の王国」の解説に使われていたこともあって、「セケンシ」という言葉は、「人と人の間で、情報などを伝達しながら、風を起こして渡り歩く」いったイメージで考えていたのですが、澁澤さんのお話によると、
「その当時は、ソーシャルネットワークが発達しているわけではないし、まだまだ遠くへ旅をするには時間もお金もかかる時代だった。外からの情報というのはそういう意味では貴重だったので、田舎に行くといろいろ話を聞こう、世間の話を聞こうと、人々が集まってくれました。セケンシが世の中変えていくというよりも、その当時、都市に人が集まっているとは言えども、今から25年前は、まだまだ地方に多くの人がいた時代でした。なぜ多くの人が地方にいたかというと、地方に住んでいる人たちは風ではなく、土の人たちなのです。その人たちは自分の農地を持ち、自分の山を持ち、自分が漁に出る海がある。つまり、自分が生きていく基盤をちゃんと持っていて、その中で生きていくということを日本人が精いっぱいやっていた時代。ですから、どれだけの土地があって、どれだけの森があって、どれだけの海に出る船があるということが、そこで何人人が生きていけるかということが決まる。人々は自分が食べていけるものがつくれる場所を決めて、要するにその中で「土」をきめて、その上に生きていくということがほとんどの人の人生だった。その前の時代はもっとそういう人ばっかりだった。その中でセケンシといわれるような土や海を持たないで、情報を持ちながらお互いをつないでいく人というのは、最初は良い意味で使われていた。だんだん高度経済成長で都会に人がたくさん住みようになり、土を持たないで生きていく人の国に代わっていったのです。」
「自然が先にあった」…いつもそこに戻ります。よく考えたら、当たり前のことなのに、いつも無意識に通り過ぎてしまう。
ちょうどそのころ、私は子供のいない人生になるのかなあと思い始めていた時だったので、人間以外の大事なものに心を寄せて生きることもありなのかなあと、澁澤さんのお話を聞いて、考え始めていました。
「何をするために生まれてきたのか」と自然に思いを寄せる一方で、バブルが終わったこともあり、「稼がなきゃいけない」という焦りもありましたが、土の人の話を聞いて、ほっとしたのです。ほんの少し前までは、稼ぐことよりも、都会に住むことよりも、自然に心を寄せて、生きるために食べていけるものがつくれる大地に足をつけて暮らす人が当たり前だったことに、ほっとしたのです。できれば、本当に風になって、人と人の間で役に立てる仕事ができればよいなあと、本気で考え始めました。
その当時、澁澤さんも会社を辞めて、自分がやるべきことは何なのかを探していた時で、姫田忠義さんという映像作家に会われました。姫田さんは、民俗文化映像研究所を主宰されていて、民俗学者の宮本常一さんのお弟子さんです。姫田さんの作品をいくつも見せていただく中で、姫田さんご本人の言葉で、「旅というのはね、他の火にあたるということ。ひとつの火にあたっているだけでは世間が見えなくて、いろんな火にあたることで、いろんな人の価値観だとかそういうものがみつけられるよ」と。その言葉に背中を押されて、ほかの火にあたりにいこうと思われたそうです。
私は、初めて会ったその日に、澁澤さんから「『たび』というのはね、他の火にあたらせてもらう」ことなんだよと、教えていただき、とても心に響きました。
そして、こうおっしゃいました。
「今思うと、私(澁澤寿一さん)はたぶん社会の中で、生きていました。社会の中でどうちゃんと生きていこうかと求めていたのが、ある意味で、世間と社会は同じようで微妙に違う。世間には、時間軸が入る。世間様に…という言葉には、ご先祖さんも入ってくるし、これから生まれるであろう子孫たちも入ってくる。人間だけではなく、動物や植物や身の回りの自然全ても世間の中に入ってくる。そういう自然だとか、時間とか、全部一つの空間の中にあるような、それを全部見て語れるような人をセケンシというのだと思う。ある意味では、私もその「セケンシ」になりたかったんだよ。」
ところが、そんな深い意味を全く知らない若造が「セケンシになりたい」などといきなり言ったものだから、澁澤さんは「はぁ~」となったようです(笑)

そして、「風の盆」が、世間の物語を含んだお祭りだと教えていただいたのが印象に残っています。となりで踊っているのがご先祖かもしれないし、去年死んだばあちゃんかもしれないしっていうのを聞いて、みんな一緒に踊るんだよと言われたのが、すごくびっくりしました。
盆行事というのは8月15日前後ですが、それから1週間くらいすると、稲の穂が実る、稲の開花時期にあたります。稲が開花して受粉してできる、お米の元というのはミルクみたいなぶよぶよしたものが薄い膜の中に入っています。それがだんだん成長していくと水分が抜けていって硬いお米になるのですが、そのぶよぶよの時期に風が吹いて、稲が擦れると、そこに傷がついて、お米が実らなくなってしまうんです。ですから、大体お盆から1週間から10日くらいの時に、お盆のお客さんたちは帰っていって、稲の稲作を見守ってくれる自分たちのご先祖さんと、自然に、「大風が吹かないでください」と祈る時期なんです。ちょうどそのころは台風の時期なので、自然と一体となって祈る時期。それがまさに「風の盆」なんです。
そんなことを宮本常一さんや姫田忠義さんから教わって、澁澤さんご自身が、目からうろこだったそうです。そうして、「教えていただいたことに心が響いて、私たちははじめて世間に触れたんだと思うよ。」とおっしゃいました。

それから私たちは、仕事とは何かとか、稼ぐとはどういうことなのかを考えつつ、旅に出ます。私は自然の中で暮らす人たちを訪ねて国内を巡りましたが、澁澤さんは、海外に出られました。5年くらいかけて、中国、ベトナム、ミャンマー、エクアドルなど発展途上国を回りながら、いろいろなことを確認したり、いろいろな人に会ったり、そこに生きてきた人たちの暮らしをどう紡いでつないでいくかみたいなところに行く他火(たび)が始まります。

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