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IDLのR&Dプロジェクト「KITchen.」 未来の料理体験から見えるもの

「未来の料理はどうなるのかーー」

今から5年前、IDLではこのような問いから「KITchen.」というR&Dプロジェクトを実施しました。
日々の生活が変化し、その根源にある「食」のあり方が問われる昨今。改めて「KITchen.」を振り返り、その意味を捉え直してみたいと思います。


IDLのR&D活動とは  

まずはじめに、私たちのR&D活動について簡単にご紹介します。
IDLではクライアントワークのほかに、自らが問いを立て技術探索とともにソリューション開発するR&Dプロジェクトを進めています。

目的は、オルタナティブな世界を実体化しその手触りを実感してみること。それは同時に、固着した日常の中で新しいプロセスの端緒につくことでもあります。五感を使い、日常という前提を疑うことから、変化を生むプロセスが始まります。なので、この活動では、理論構築だけでなく概念を現実化することを重視しています。
体感、感情、違和感、それらから獲得する身体知とインスピレーションーー。ものづくりを通じたフィジカルな体験から得られる情報量は予想以上に多く、それらは新たなナレッジとしてIDLの活動を支えています。


KITchen.ーー拡張する料理

ではさっそく「KITchen.」についてご紹介しましょう。
「KITchen.」は、2016年に大阪ガス株式会社さんと共同で行った、「未来の料理体験」をテーマにした情報デザインと体験デザインの研究開発プロジェクトです。
食をテーマに「生産/流通/料理/食事」それぞれのプロセスにおける課題を探索し、新しい料理体験をデザイン。その具現化の1つの方法として、KITchen. Ecosystemというサービス・エコシステムを構想。その一部をプロトタイプし、新しいナビゲーションシステムで料理を作る公開デモを実施しました。

KITchen概念図とイメージ02

このデモをインスピレーションに、さまざまな企業がサービスアイデアを発想するアイディアソンを開催。参加者におけるその後のプロジェクトのヒントとなっています。
プロジェクトの全体像とイベントの様子は下記よりご覧ください、新たな問いと事業アイデアの着想の様子が伺えます。


価値創造のプロセス

プロジェクトのプロセスを簡単にまとめます。

1. 課題を探す
料理が苦手な被験者を選定して日常の行動を観察。「体験の一貫性のなさ」という被験者特有のパーソナリティとコンテクストから料理の課題に新しい角度から焦点を当てる。

2. コンセプトをつくる
被験者の持つ生活のコンテクストから「料理のモジュール化」「全体性」をキーワードに料理体験をリデザイン。

3. 価値提供のしくみを構想する
KITchen. Ecosystemを構想。ユーザーの特性(嗜好、健康状態等)にあわせたレシピと食材、センサー付調理器具が宅配され、調味料などの使用量、食事後の評価や健康状態のフィードバックによって、料理が次第にパーソナライズされる循環システムとなっている。料理は調理器具と連動した料理用ビジュアル言語を用いた直感的なナビゲーションシステムのサポートを受けて行う。

4. 試作する
サービスアイデアを体験できるものにするため、ナビゲーションシステムをプロトタイプ。各種センサーとビジュアル言語による、直感的でプロアクティブなインターフェイスを実装。

開発シーン

5. 公開デモで検証する
幅広い人々からのフィードバックを得るために、大阪ガスの体験型ミュージアム「HUG museum」で公開デモを実施。試作したナビゲーションシステムを使って、実際にパンケーキを作ってもらい、検証を行う。 

HUG体験会

6. 知見を共有して新たなプロセスを開始する
デモをインスピレーションとして、各企業が製品・サービス開発のヒントを探るアイディアソンを実施。様々な着想として各社に還元する。

KITchenアイデアソン

デザイン思考プロセスに基づくオーソドックスなプロセスですが、ベーシックであるがゆえにさまざまな視点でエッセンスを抽出でき、私たちの学びとなっています。


取り組みの捉え直し

そしてその学びの質は、時とともに更新されます。今回は「行動」「生活」「社会」と視野を広げながら、改めて見えてくるいくつかの切り口を提示したいと思います。

1.「行動」ーー効率化と創造性のバランス

KITchen.ナビゲーションは、調理の状態をシステムが把握し次の動作のトリガーを提供する仕組みです。システムの関与が足りないとユーザーにとって判断の負荷が上がり、逆に多すぎると行動の主体性が損なわれる。つまり、「自律性と他律性」のバランスが体験の意味を大きく変えます。
このほどよいバランスが、無意識に自律性が引き出される心地良さをもたらします。中動態という能動/受動の枠組みを超えた態のあり方が知られていますが、生活文脈に合わせてさまざまな「態」(※)の間を行き来しやすくデザインすることが、日々の創造性を喚起する1つの鍵となりそうです。

※言語学上では自発、使役、逆行態、願望、可能、中間態、逆受動態、適用態などの態がある(wikipedia)

2.「生活」ーー習慣のデザイン

この自律性と他律性のバランスを丁寧に設計すると、行動の習慣化を促すことに繋がります。個人の努力に頼らずに、適度に他者や環境の力を借りながら行為を重ね、日々の習慣を形成する。
自律とは相互依存できる関係を多様に結べることでもあり、その関係性のあり方がその後の私たちの大きな研究テーマとなっています。

3.「社会」ーー個と全体性のデザイン

こうした行動科学に基づく体験設計に個人データを組み合わせることで、パーソナライズの精度が高まります。しかし、その指向性は個人とサービスの関係性を強固にする一方、他の選択肢が入り込む余地を狭めることにもなります。
元googleのトリスタン・ハリス氏が指摘するように、私たちは、体験をシステムに統合させるばかりでなく、社会全体のアーキテクチャーとして相互接続性とその透明性を高める責任を問われ始めています。


個に閉じない自律のあり方

私たちは、この一連のテーマを「co-norm(動律)」という概念として包括し、企業やソーシャルセクター、教育関係の方々との対話を進めています。

全体性や他者も包含する自己のあり方。自身のみで律するのではなく他者と相互的に律するという新しい自律の考え。そしてそれを許容する社会のあり方。
このあり方を自律(autonomy)ではなく動律(conomy)と捉えたとき、それが発揮される社会とはどのようなものか。そのプロセスにおいて企業が貢献できること、またそれを持続させる事業は何か。多くの方と協働できればと思います。

身体性を伴うリアルな体験を起点に、関係デザインから社会アーキテクチャ構築までそのレイヤーを行き来しながら社会とサービスのあり方を探求する。そのためにR&Dを通じて多様な「現場」を形にし、リアリティをできるだけ多く体験する。
まだまだ十分とは言えませんが、こうして手触りのある「問いと実践」の相互的なリフレームを重ねながら、日々のプロジェクトにフィードバックしていきたいと考えてます。
その具体的な理論と実践をどうプロジェクトに活かすのか。こちらは機会をみつけて追ってレポートしたいと思いますので、どうぞお楽しみに。

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