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過疎化の進行ステージと数式化

山間部を抜けて、町から町へと移動すると、各町の過疎グラーデションを眺められて参考になったので、ここに記録しておくこととする。




過疎とは

前回の記事で書いた通り。過疎とは、その町の富の流出を指す。1つの経済圏として隣町や世界と繋り循環しているのならば問題ないが、外から買うばかりで富が流出していくと、富が減り、ひいては仕事が減り、そこで働けなくなり、町が衰える。働き世代や家庭世代が外に職場を求める。いつか、そちらに移住してしまう。そして、死んでいく町と、周囲から人を集めた近くの大きな町とにわかれて、その構図を延々と繰り返していく。




過疎の進行


stage1 働き世代の流出と娯楽交遊の減少

富が流出していくと、仕事の土台は富なので、仕事が減っていく。すると、働き口を求めて近隣の町へ向かうようになる。そして主に結婚出産や両親の死等のライフステージの変化を機に、そちらの町の近場に引っ越してしまう。働き遊ぶ若者がいなくなる。若者遊びの場が減る。子供の数が減り、子供向けや遊びの娯楽交遊業界が衰退する。

具体例)ボウリング、ゲームセンター、映画館、カラオケ、漫画喫茶、玩具屋。音楽本屋、ファミリーレストラン、飲食店、水商売系、飲み屋、学習塾等が徐々に廃れていく。




stage2  老人とその同居者の街

子供や若者の数が減っていきながらも、結婚していないので家に留まる子供部屋おじさんや、その地でまだ仕事がある人(日々の暮らしを支える生活基盤経済従事者)が仕事を続けるので、生活基盤経済に関わるものだけが縮小をつづけながら生き残る。しかし、ある点を超えると、大手チェーン系列が撤退しはじめる。

具体例)ガソリンスタンド、車系列のお店。パチンコ、チェーン店系レストラン、ホームセンター、衣服(ユニクロ、しまむら、ワークマン等)

そうして、個人経営のスーパー、街に一つの個人ガソリンスタンド、街に一つのコンビニ、個人の自動車整備業者、個人の家電販売店、個人の理美容室、電気ガス水道業者、住宅設備業者、公的な役所保育園小学校やらがかろうじて残る。




stage3 死んでいく老人だけの街

どんどん不便で仕事のない町へと衰退してくる。そうして生活基盤経済が極小になると、もはや食べていけない人は、見限り続々と流出する。年金暮らし毎日食べて寝るだけで事足りる。細々と少しでもお金が入ればそれでいいといった自営個人業者ぐらいしか残らない。次のない死んでいく町となる。

飲料や調味料やお酒や家周りのちょっとしたものを扱う○○商店みたいなお店が1つだけある、そんな集落になる。そしてそれもいずれ高齢化や億劫さで閉店する。人が少なくいるのかいないのかもわからない荒れ果ててぼろぼろの民家が並ぶ町になる。(次に住む人もいないしお金もあるわけではないので、直せない直さないボロボロ民家だらけになる。)





富の流出の数式化

A:外部経済からの獲得 + B:生活基盤経済での生産高利益 ≧ C:生活基盤の維持コストの外部流出分 + 内部循環分 + X項


A:輸出・全国展開等で生活基盤経済の外からの顧客獲得、同様に外への投資による利益確定リターン、外からの観光収入、外部からの補助給付金
B:生活基盤経済県内で得たその土地で暮らす人々に関連した生産高利益
C:そこでの暮らしを支えるライフラインや流通網、衣食住費用、インフラ等々。生きるのに必要な費用とその外内の内訳。

X項:貯金の取り崩し、債務借金による補てん

話を単純化して、二人の家族農がいるとする。自前の道具や土地でお米を作った。で1年で100の利益を産んだとする。A=0でB=100だ。彼らの生活維持のための電気ガス水道光熱費等々が100以下ならば、その生活は成り立つ。しかし、100以上に分不相応な生活をすれば、富は流出し破綻する。現実的には破綻を免れるために、まずは貯金の取り崩しや借金でなんとかしようとする。

もう少し広い市や町で見ても同様だ。工業製品の出荷や特産物等々で全国展開して、他の市や町から外部経済を獲得するA=1000とする。そしてそこで暮らす人々の経済、B=10000とでもする。それに見合う11000以下の、C=暮らしであれば問題ない。しかし現状は、上げ過ぎた生活水準の為にCが高騰していたり。老朽化の更新分が見込まれていないずさんな計画で破綻しかかっていたり。高齢化に伴う社会保障のCの増加に対応できていなかったり。左辺は、明らかに減少なのに、右辺だけ増加していき釣り合わなくなっていく。破綻していく。

また、外部への生活基盤支出の流出でも、破綻が加速する

左辺と右辺を釣り合わせることで、富の均衡は作れるが、さらに言えば、Cのコストにおける外と内の内訳も重要である。日本のように、外部の資源に依存しているのであるならば、Cの生活基盤の維持に、外部からエネルギー資源や食品やらを大量に購入していることになる。であるならば、それに見合うだけの左辺の外部からの獲得を維持しないと破綻する。





おわりに

アルゼンチンの経済大国からの没落の話然り、急激なAの増加流入による経済発展というのはどこの国や町や市でも起こりうることだと思う。ある特産品がバカ売れして小さな町に100億もお金が入りました。みんな裕福で好きに金が使えるようになりました。景気最高、贅沢放題。日本でも高度経済成長期以降にそれがおこって。メイドインジャパン!となって、工業製品の輸出でたらふく儲けた。しかし、本当に長い目で見ればそれは一過性のものに過ぎないと思う。

左辺より右辺の方が増大している現代ではあるが、その前時代の遺産でなんとか食いつないでいるようにしかみえない。Aを増大するために皆が一丸となるか。BやCにおける外と内の観点で、内部経済を回すように皆が意識するか。最後は、左辺の低下に伴い右辺のCを減少させ均衡させたり、Cの外部流出を改めて考えて縮小させるしかないと思う。具体的には各国すでにしていて・・・、

タックスヘイブン化して、外からの税収を獲得し自国を回す、モナコ。
金融都市を作り、投資関連のお金の行き交いでお金を得て自国を回す、イギリスやアメリカ。
超格差競争選抜成果社会にして、最先端分野でAをひたすら稼ぐアメリカ。
上記の面でも成果をあげながら、末端農村出や自治区の低賃金労働力で国際競争力に勝てる商品を生産までする搾取中国やら。

中国が幸せな国だとは到底思わないが、生物の生存戦略として、腕がなくなっても生き残ればいい!みたいな残酷で冷酷でリアリストを平然と貫く国は、強いなぁと改めて思う。いまや中途半端なくせに、成金の癖が抜けていない没落貴族のくせに浪費癖の日本は???日本にこだわりがあるわけではないが、打ち手、攻め手、打ち筋についてなんとなく考えてしまう今日この頃。


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