見出し画像

太平楽に縄張り争いしている場合かよ~ 時代劇ふうにゴキブリ三度笠のことなど


真っ昼間からゴキブリ社長がまたおでましになった。別名お邪魔虫。昨日も一昨日もそうだったのだが、システムキッチンのシンクの下、キャビネットの開き戸の上、その二センチばかりのステンレスと合板の隙間に平たくなって(あたりまえか)じっとしている。

この社長はゴキブリだというのに、見るからにのんきである。無防備である。大胆である。コロナ騒ぎで家にこもって萎縮している私などとは格が違う。

昨日も一昨日もそうだったのだが、こいつは私をなめているのだ。二センチばかりの隙間に陣取って、私のさびしい昼食風景を嘲笑するような目つきでじっと見ているのである。ダイニングテーブルにひとり新聞を拡げて玄米菜食納豆塩鮭を噛みしめている私の真正面に陣取っているのだから、それを見ていないはずはない。

もう一度いうが、私はこのゴキブリにすっかりなめられているのである。平べったい、この薄っぺらな二次元数ミリ程度の脳みそに、ただでさえ頭が大きいといわれて悲しい青春を過ごしてきた私の、重くてでこぼこした、三次元リアライズの、酸いも甘いも噛み分けたはずの高級にして濃密な1500㌘の脳みそが(ああ、重い)なめられてしまっているのである。

この薄っぺらなゴキ野郎は、私が昼ご飯を食べていると、マチネの舞台を踏むために舞台袖で控えている名優のようなしゃらくさい顔をして、決まってそこに出てくるのだ。なめられている、と思うのはそういうことなのである。

家人といっしょに食べる朝食にも晩ご飯にも現われず、私ひとりきりのさびしい昼ご飯のときだけ、見はからったように、おちょくるように、大胆に姿を見せるのだ。ゴキブリって、ひと目を避けてこそこそと裏街道を歩いているようなものじゃなかったのかよ…ったく。

出てくるのはシンクキャビネットの右手に乗っている壊れたガスコンロのオーブンあたりからで、たぶん、そこに住み着いているのだろう。

で、どうしてこのゴキ野郎が同一人物とわかるかというと、昨日も一昨日もそうだったのだが、立ち居振る舞いが歌舞伎役者みたいにまったく同じだからである。

壊れてから三年も掃除していないオーブンを出立したゴキ野郎は、三度笠に尻端折りの訳あり日陰者というかお尋ね者のようにして、立ち止まっては私のようすをうかがい、ようすをうかがっては歩を進めて、かさこそと、一応は世をはばかる日陰者らしくふるまって登場するのだが、道半ばを過ぎてゴールが近づくと態度が一変してしまう。ありありと開き直って、くつろいで見せる。あくびさえしている(ように思える)。日陰者がいきなり社長に昇格したような素振りなのである。

ゴールというか舞台の袖というか別荘に辿り着くと、これがさらに厚かましくなって、そこで私の昼ご飯の光景を、中小企業の社長がエロ映画を堪能するかのごとく、ひたすらじーっと食い入るように観ているのである。

食い入って観ているのだから、あるいは犬猫みたく私の昼ご飯のお相伴にあずかりたいのかもしれないのだが、それにしてもなめている。二次元数ミリ程度の脳みそが、この誇り高き三次元リアルな1500㌘の脳みその人類の末席をいったいなんだと思っているのか。

ここは人類末席の名誉にかけても異議を申し立てるべきかと思うのだが、思うだけで動く元気がない。コロナ鬱かもしれない。のらりくらりと、こっちも昼ご飯の玄米を口に入れては八十八回、噛みしめながらゴキ野郎(社長解任)から目が離せないでいる。

どうして目が離せないかというに、このあと、物語に新たな展開が観られるからである。

昨日も一昨日もそうだったのだが、実はこのゴキ野郎には、なんとかの勝蔵みたいな渡世人の宿敵がいて、そいつが間もなく現われるのだ。

なんとかの勝蔵はゴキ野郎のあとをつけ回していて、昼下がりのメロドラマみたいに、毎回、決まった時間にこのシンクキャビネットの幅二センチばかりの扉の上端でゴキ野郎に追いつく。

きたきたきた!

昨日も一昨日もそうだったのだが、こやつ、前方でゴキ野郎がのんきにというか大胆にというか、私の昼ご飯にしびれているところを後ろから攻撃するのである。つっつくのである。

いててて、といったかどうかはわからないが、ゴキ野郎もいちおう名のある無宿者の三度笠という設定だから、なんとかの勝蔵みたいな乱暴者を許しておくわけにはいかない。

というので、このゴキ野郎、シンクと開き戸の間の二センチほどの隙間でくるっとみごとに反転するや、なんとかの勝蔵を逆襲して、一撃二撃、頭突きを食らわせ、追い払うのだが、なんとかの勝蔵も伊達や酔狂でゴキ野郎を追い回しているわけではない。

いや、正直なところ、この追い回すといういいかたをしてみて気がついたのだが、なんとかの勝蔵、実は鳥追い女(三味線弾きのフリーな芸人)で、つまりゴキブリのメスということで、ゴキ野郎のことが好きで好きでたまらなくて、裏街道を追い回しているのかもしれないではないか。

こうなると、話はぜんぜん違ってくるが、急に違ってきても困るので、ここはやっぱりなんとかの勝蔵だということにして話を進めたい。

進めたいといって、実はこの話、三度笠のゴキ野郎が一撃二撃して、なんとかの勝蔵はケツをまくってまたオーブン方面に逃げ帰るという展開で終わるので、ここらでおしまいになる。

で、あとがきなのだが、ゴキブリというのはいったい人になつくものなのだろうか。わが家のゴキの行状を観ていると案外かわいくもあるので、なめられるのを受け入れて、家人が許せば実は飼ってみたいと思わなくもない。案外、犬猫鳥やなんかと変わらないのではないかという気もするのだが、不衛生だろうか。世界には4000種類ものゴキブリがいて、中にはペット向きのもいるそうだが、私が飼いたいのは日本でごく普通に見られるクロゴキブリとかチャバネゴキブリのことである。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?