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プロローグ

「うぐうううう……むうううっ……」

 原口翔は分娩台の上で陣痛と戦っていた。といってももちろん体は女である。

 胎児が急激に下に降りてくる感覚。いきまずにはいられない。分娩台のレバーを壊れるかと思う程強くにぎり、必死でいきむ翔。

 なぜこんな事になったのか。結論から言えば、今翔は翔との子を身籠った妻の早紀の体と入れ替わっているのだ。イブという神様の手によって入れ替わった。

(なんという強い痛みなんだろう。鼻からスイカなんてなまぬるい物じゃない。体内からエイリアンがお腹を食い破って出てくるんじゃないかって感じだ……それに痛みだけじゃない。とてつもない吐き気がする。くっ……苦しい……)

 翔は自分の想像がいかに甘かったかを思い知らされていた。陣痛は男が経験したら死ぬと言われている。

 ただでさえ陣痛はそれ程までに過酷な経験なのであるが、翔の場合はそれだけではなかった。

 早紀の体は「持続性性喚起症候群(persistent sexual arousal syndrome、PSAS)」別名「イクイク病」に冒されていた。

 この病気は日常生活の何気ない動作でも激しく性的に興奮してしまい、それだけでオーガズムに達する事さえあるという。その数は多い人だと1日100回を超す。

 普通の生活を不可能にするこの病気のために夜眠る事すらままならず、体が異常に衰弱し出産すると命に危険が及ぶのだ。それどころか妊娠出来た事さえ奇跡に近かったのだから。

 だからこそ、翔は愛する早紀の身代わりとなって出産に挑んでいるのであるが、この病気は出産時には大変な事態をもたらす。

 まず、この病気にかかるとあらゆる刺激に過度に敏感になるから、普通の人よりも更に陣痛の痛みが体感上増してしまう事。

 もう一つは、陣痛の合間には激しいオーガズムに襲われ、次の陣痛に耐えるために英気を養う事が出来ないのだ。まぶたに鉛の重りが付いているかのような、強烈な睡魔に襲われた次の瞬間に体に電流が走る感覚で目が覚める。こんな過酷な拷問が他にあるだろうか。

 やっと間欠期が来てホッとする。少しでも仮眠を取らないと体がもたない。ところが……

「……あッ……」

 翔は望まぬ絶頂を迎え、一睡も出来ずにいたのだ。

 そしてすぐにまた地獄のような痛みが襲ってくる。

(うわ~体がちぎれる…………痛い痛い痛い)

「なるべく声は出さないようにしてください。力が入らなくなるから。肛門の方に力を入れて。なるべく長ーくいきんで。」

「うう~ん……」

(そんな事言われても、どうしても声が出てしまう……)

 まだ赤ちゃんの頭も見えていない時期に、既に翔の体力は限界に近づいていた。

(もうだめだ……いっそ殺してくれ……おーいイブ、そこにいるんだろ、返事してくれ)

 イブは翔と早紀の体を入れ替えた張本人である。

 翔は幼い頃から、女性に生まれたかったという密かな願望を有していた。イブはこの翔の願望から生み出されたのだ。

「なんだよもうギブアップか。しょうがないなあ。たしかにあたいは閻魔大王ともマブダチだからね。あんたを殺すなんて朝飯前さ。でもいいのかい。あんたが死んだらおなかの赤ちゃんも死ぬんだよ」

 イブは意地悪そうで楽しそうな表情を浮かべながら翔にささやく。

 彼女は手のひらサイズで、猫耳のかわいらしい女の子のような見た目とは似つかない、超ドSキャラの神様なのだ。

(なんだって! それはダメだ。やっぱ今のナシ。ちくしょう、絶対耐えてやる)

 強がっては見たものの、やはり人間には出来る事と出来ない事がある。翔はだんだん気が遠くなってきた。すると……

「赤ちゃんの頭が見えてきましたよ!」

介助している助産師が伝えた。

(おお~やっとゴールが見えて来たか)

「……鏡を……見せて下さい……」

 翔はやっとの思いで助産師に告げる。ところが……

 鏡で自分の股間を見ると、赤ちゃんの頭はごくわずか髪の毛が見えるか見えないかぐらいだった。

 まだまだゴールははるか遠くにあったのだ。

 はたして翔は、無事子供を産む事が出来るのだろうか?

◇◇◇◇◇◇

 
 読んでいただきありがとうございました。

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 次から本編に入ります。第1章の第1話は、翔がなぜ女性に生まれたかったという願望を持つに至ったかのきっかけとなるお話です。一体なぜなのでしょうか? お楽しみに!

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