ひいおばあちゃんに身体をのっとられた2000年の元旦

前提としてわたしには霊感というものが一切なく、暗い物陰にたたずむ霊を見てしまったことも本物の金縛りに遭ったこともない(身体が疲れているとたまに起こる「なんちゃって金縛り」は結構ある)。

そんなわたしが、ひいおばあちゃんに身体をのっとられたのは、2000年の元旦。毎年、あたらしい1年の幕開けは母方の実家でむかえると決まっていて、その年も例に漏れず田舎のおばあちゃん宅で朝を迎えたのだった。

顔色が変わっていたのは、母親だった。

「あんた……だいじょうぶ?」

第一声、わたしにそう問いかけてきた。わたしがまず思ったのは、「だいじょうぶって何のことだろう?」というごく些細な疑問。2000年といえばわたしは10歳だった。まだまだ田舎で過ごす二泊三日は非日常に感じる頃合いで、ましてや2000年なんてミレニアムだし圧倒的な特別感でもって、わたしはどことなくウキウキわくわくしていた。

「あんた昨日、大変だったんだから」

まだ半分寝ぼけていたわたしに、母親はこんこんと語ってくれた。昨夜、おそらくわたしは誰かに乗り移られていたのだという、まったく現実感の伴わない話を。

母方の実家で眠るときは、いつも畳敷きでお仏壇がある和室に布団を並べて敷く。

窓側に母親と当時3歳だった妹、そしてその隣に私。父親は仕事の関係で来たり来なかったりしていて、その年はたしか一緒に来ていたはずだけれど、その夜どこにいたのかは不思議と覚えていない。

深夜、おそらく1時か2時頃、母親は風を感じてふと目が覚めたのだという。窓が開けっ放しだったのか、いや、冬なのだからしっかり閉めて寝たはずだとぼんやり思いながら、ふとわたしが寝ている布団のほうを見やったらしい。

当然すやすやと眠っているであろうと思っていたわたしは、なんと布団の上にしっかり膝を揃えて正座し、険しい顔でグッと真正面を見据えていたのだとか。

自分のことながら、なんとも恐ろしかった。いや当事者のわたしが怖がるのはお門違いかもしれないけれど、何せまったく身に覚えがないのだ。怖すぎる。いったい何が起こったというのだ。

そのときのわたしの顔には血の気がなく、普段ぼけっとしている表情とは打って変わって眉間にシワを寄せ、なんともおっかない顔をしていたらしい。

それを見て、母親はふと思ったのだとか。

あ、ひいおばあちゃんに似てる……。

「あんた、どうしたの? 寒いんだから、布団ちゃんと被って寝なさい」とわたしに声をかけた母親。尊敬に値する勇気だ。わたしだったらとてもじゃないけど怖すぎて声なんてかけられない。リスペクトしかない。

しかし、あろうことか優しく声をかけられたにも関わらず、わたしは無視したらしい。華麗なるシカト。無視というか、どんな声も音も耳に入っていないような、心ここにあらずな様子でもあったらしい。

どうしたものか……母親が悩んでいると、わたしが突然彼女のほうを振り返り、声を出さずに布団の足元を猛烈に指差しはじめたのだとか。

「! ! !」(グッ、グッと猛烈に足元を指差している)
「え、なに? どうかした?」(怯える母親)
「! ! !」(グッ、グッと猛烈に足元を指差し続けている)

いまでも想像するだに恐ろしい。我がことながら記憶がなくてよかったとさえ思う。

不思議に思った母親が布団の足元を確認すると、寝相の悪すぎる妹がお腹を出して転げているのが見えた。

(そうか、風邪を引くからちゃんと布団を被せよ、と言ってるのかも)

そう判断した母親は、妹を引っ張り上げきちんと枕に頭をのせ、布団を被せてみせた。

「ほら、ちゃんと布団被せたよ。あんたも寝なさいまだ1時だから」

そう言うと、次にわたしはスッと両手を挙げ、左手をまな板に、右手を包丁に見立ててトントントントントントントントンと意味の汲めないジェスチャーをはじめたらしい(よくここで逃げ出さなかったなと思う、母親ほんとうにリスペクト)。

いよいよ母親は途方に暮れる。「もうどうしようかと思った」と何度も言っていた。その気持ちはとてもよく分かる。わたしも将来自分の子どもが夜な夜な起き出して意味不明なジェスチャーをしだしたら、泣きわめきながら救急医療センターに電話するかもしれない。

恐怖に駆られながらも、母親は心のどこかでずっと「ひいおばあちゃんかもしれない」と思っていたそうだ。眉間にシワを寄せたけわしい表情、包丁を扱う仕草、子どもの寝相をたしなめるような態度……。どれをとっても、ひいおばあちゃんの記憶と直結したのだとか。

「子どもはちゃんと寝かせたよ、ほら見て」

もう一度根気強くそう言って、何も知らずにすやすや寝ている妹の顔を再度示してみせると、わたしはようやく気が済んだようにふっと両手を下ろして、まさに憑き物がとれたように安心した顔をした。そして、何事もなかったように布団に潜り込みものの数秒でいびきをかいて寝はじめたのだとか。

そうして、気づけば朝だった。

わたし自身には、ひいおばあちゃんの記憶はない。

わたしがもっともっと小さい頃に亡くなってしまい、かろうじて棺のなかにおさまった彼女にお別れを言って花を手向けた景色がおぼろげによみがえってくるだけだ。

それでもきっと、あの日わたしの身体を借りて意思表示をしたのは、ひいおばあちゃんだったのだ。

何を言おうとしたのだろう。ほんとうは、何を伝えたかったのだろう。

あれから身体をのっとられたことは一度もない。もしかしたらすべて母親とわたしの思い違いで、ただ寝ぼけていただけなのかもしれないけれど、それでも、あの出来事以来、妹の寝相をしっかり確認してから寝るようになったことだけは確かだ。

#私の不思議体験

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