もういい加減、人が苦手であることを受け入れようとおもう。
人見知りであること、人が苦手であることを、ずっと認めたくない自分がいた。たまに自虐的に「人見知りで~」「人と上手く会話できなくって~~」と話すことはあるけれど、どこかで「そんなことないでしょ!」と言ってもらうのを期待している。自分でそう言いつつ、でも決してコミュ障ではない自分を演出しようとしていた。かっこわるい、かっこわるい……。
もういい加減、人が苦手であることを受け入れようとおもう。
私は人見知りだ。人が苦手だ。会話が苦手だ。できることなら、なるべくひとりでいたい。
でも、まったく人と話せないのは寂しい。新しい出会いがなくなるのも虚しい。どうしたらちょうどいいバランスを保って、人とコミュニケーションをとれるようになるんだろうか?
コミュ障=傷つくのがこわい保守的な人
時間ならたっぷりある。大好きなnoteのなかに、何かヒントがあるかもしれない。そう思ってみつけたのが、りっちゃま(@ritchama0610)の以下のnoteだ。
コミュ力=目の前の人に対して、自分が傷つく勇気をもっていること
「これだ!!!」と思った。
まさにそのとおり。私は自分が傷つくのがこわい。めちゃくちゃ保守的な人間だ。何か言葉にしたり行動に起こしたりするたびに、誰かを傷つけるんじゃないかとおもって身が竦む。傷つけてしまった誰かによって、自分も傷つくのがこわいのだ。
傷つくのがこわいから、なるべくその場数を減らそうとして殻に閉じこもる。他人が傷つくことよりも自分が傷つくことがこわい。恐ろしい。
相手との会話をするアプローチにおいて省エネモードにしてる
省エネモードでいれば、無闇に他人や自分を傷つけることがない。余計なことをして関係をこじらせるくらいなら、当たり障りなく今の状態のまま現状維持していたい。上がることもなく下がることもなく保っていたい。
でもきっと、おそらくこのマインドのままだと、誰のことも本当の意味で好きにはなれないし、好きになってももらえないんだろう。
印象が「無」や「白」のまま、なんの色付けも施されず、可もなく不可もない人として扱われ、そのまま終わっていく。極端な話だけれど、このまま何十年と時間が経って死ぬときになっても、印象がなさすぎる余りに誰にも悲しんでもらえないんじゃないだろうか。誰にも思い出されないんじゃないだろうか。
「終わり」を思い描くことからはじめる
最近読み返している「7つの習慣」によると、主体的に生きるためには「終わりを思い描くこと(第2の習慣)」が大事だとされている。
今、目の前にあることだけではなく(短期的視点)、将来、自分の命を終える瞬間のことも想像し、そのときのために行動すること(長期的視点)。
「死ぬときに誰にも悲しんでもらえないのはさすがに寂しいから、今のうちにいろんな人と会って優しくしておこう~~~!」なんていうのは自分勝手だし、また軸が違う話だ。
けれど、自分がいざ死ぬときに、どんな人と繋がっていたいか? 誰に惜しんでもらいたいか? そもそもどんな死を迎えたいのか?
そのあたりのことを時間をとって考え、まとめておくだけで見えるものが違ってくるのではないかと思う。
自分も人も愛する技術を
長田さん(SsfRn)のこちらのnoteも合わせて紹介したい。
私は人が苦手だ。それは他人も自分も傷つけたくないから。内に籠もって交流を最小限にとどめておけば被害もおさえられる。だけど、そのままでは誰のことも好きになれず、また好きになってもらえないまま終わる。
どうすればいいのか……とぐるぐる考えていたら、上記のnoteに書かれていた「愛することは技術」という言葉がグワッッッッと目に飛び込んできた。
愛する技術を身につける前提条件として必要なのは”ひとりでいられる”能力。何もしないこと、今取り組んでいること、”今”に集中する力が必要
私のなかで、ひとつの方程式ができあがった。
「人見知り」「会話が苦手」という自分の属性はなかなか変えられない。なんとかこの性格のまま自分を受け入れ、良いバランス感覚を保って人とコミュニケーションが取れないだろうか? 以下の流れを見てほしい。
①「自分は人見知りである」と認め、受け入れる
↓
②ひとりでいる能力、今に集中する力を磨く
↓
③自分も人も愛する技術を身につける
↓
④傷つく勇気をもてるようになる
↓
⑤良いバランス感覚を保ちながらコミュニケーションがとれる
自分も人も愛せるようになれば、何を言われたり何をされたりしても受け入れる素地が出来上がるのではないか。
しっかり傷ついたとしても、それも含め愛せるようになるのではないか。
傷ついたうえで自分も人も受け入れ、その先の関係へと進めるようになるのではないか。
家の中にひとりでいなければならない状況が続く今、まさに愛する技術を磨くのにうってつけの時期だとおもう。粛々と、淡々と時間を過ごすことで、自分と向き合い、ひとりに慣れ、今に集中する力を得る。
最近はじめた瞑想やマインドフルネスも、自分や今に集中する力を養う習慣だ。この時期がいったいいつまで続くのかはわからないけれど、長期戦が予想されているからこそ、自分にも周りにもプラスになる時間に還元したい。
もう少し明るく、もう少し笑顔で、もっと自分を好きになれた状態で、人に会えるように。
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