親になったら
電車の中でわんわん泣いている小さな子どもを見た。
あくまで私の体感かもしれないけれど、地元・札幌で見るよりも東京で見るほうが頻度は多い気がする。
一生懸命にあやす若いお母さん。
たまにお父さんもセットでいて、静かにしてもらうために必死になっている。そんな姿を見ながら、最近ふと思うことがあるのだ。
本当は、思いっきり泣いてほしいんじゃないだろうか。
周りの目なんて気にせず、自分たち夫婦と赤ちゃんしかいない空間の中で、誰の言葉や気持ちも意に介さず、思う存分泣かせてあげたいんじゃないだろうか。
泣き止ませようと必死になっているのは、きっと、周りの目がこわいからだ。私たちがこわいからだ。何かを言われるのが、非難の気持ちを向けられるのがこわいからだ。きっと、そうだ。
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私がもしも親になったら、子どもに教えたいことはたくさんある。
遠慮と卑屈の違いとか。
自己肯定感を保つ方法とか。
自分を大切にする生き方と、自分を大切にしてくれる人たちを大切にする方法とか。
赤ちゃんのうちは、言葉では伝わらないかもしれない。それでも、赤ちゃんは泣いて自己アピールをするのが仕事だ。泣く時は泣いて、その中でも、感じとってくれるものが必ずあると思う。
出産も子育て経験もない私が、ただの想像でしかものを言えない立場の私が、何を偉そうにと思われるかもしれない。
実際に子育ての現場にいるお母さん・お父さんに、こんな言葉は届かないかもしれない。
それでも、私が親になったとしたら、何をどうするか。
理想や希望をもち、意見とともに語ることは、やめてはいけないと思うのだ。関心を途絶えさせてはいけないと思うのだ。
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